中津 昌子


東洋人ひとりだけなる会議にてしやべらねば塑像とまちがはれさう

本多稜『游子』(2007年)

 

 

この会議には、あとは西洋人ばかりということらしい。みんながアグレッシブに発言する。

塑像は、粘土でつくったものや、石膏の像であるから、この場での「東洋人」の異様さが、映像として際立つように表現されている。

 

「まちがはれさう」とうたっているので、これは、そう見られかねないという〈わたし〉の意識である訳だ。こういう類いの意識は、いつの頃からか、日本人には親しいものだろう。語学だけの問題でなく、日本では謙譲というものが美徳とされたせいか、このような場でどうも積極的になりきれないところがある(今は必ずしもそうでないのだろうか)。

 

日本人ばかりの会議だと、もし黙っている人がいると、話すタイミングがつかみにくいのかもしれない、などと気づかって、話を向けるようにしたりする。時に、不自然な感じにならないようにとまで配慮して。奥には相手に恥をかかせないように、とういう慮りがある。

かたや西洋の人たちは、黙っている人がいると何で自分の意見を言わないのか、純粋に怪訝であるらしい。

 

会議は意見交換の場だから、明確に述べるにこしたことはない。でも、容易に説明できない美徳もあるのになあ、と少しウジっとする。でありながら、ハキハキものの言えないコンプレックスを肥大させる。

 

一方で、こういう微妙な部分は、どの国、どの民族にも存在するはずだ。グローバリズムは必然の流れだと思うし、そこで明確であることは求められてしようのないことであるが、みんなそれぞれに、他者には簡単に立ち入りがたい領域があると認識しておくことは、人間にとって大切なことにちがいない。

 

 

歌に触発されて、こんなところまで来てしまった。

一見シンプルなようで、塑像のようだぜ、と言われたというのではなく、自分の内にその意識をたたんでいることが、読む者にものを思わせるのだろう。