小池光『山鳩集』(砂子屋書房、2010年)
小池光はこの「ラ・トゥール」という画家の絵を折に触れてうたにしていて、たとえばこのつぎの歌集『思川の岸辺』(角川文化振興財団、2015年)には、東日本大震災のその夜の一連に
ラ・トゥールの蠟燭の闇の夜は来て生後十月の孫をおもへり
ラ・トゥールの絵のをさなごに叡智ありますぐに立てる蠟の火を持つ
という二首がならんで載っている。「停電の夜」のうたである。
そこでたとえばウィキペディアの「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール」の記事をひらいてみると、「聖ヨセフ」という題の作品が掲げてある。ろうそくの火のごく近いところだけがあかるく、細部をえがきながらあとの部分はいかにも暗い。掲出のうたの「ともしび」も、こういう蠟燭の火であろう。
歌集では、
東京の地下にラ・トゥールの絵と向ふ 絵のともしびはわが額照らす
とルビがふってある。ところはかわって「東京」の「地下」である。この場所ならではの、またちがった暗さが、ここにはこもっていよう。そこに「ラ・トゥールの絵」が掲げてある。対面し、それを「絵のともしび」が、みずからのひたいを照らしだすまでに見ている。
このうたにつづいて、
蠟の火を掲げもちたる人くだる石の階 こだまする音
という一首がある。さらなる没入で、コツコツ、と音たてて階段くだるその音の、さらに「こだま」しかさなる音までをも聞く。絵とひとつながりであるというところをこえて、ふかい臨場感にある一首である。
うたの引用は、現代短歌文庫『新選 小池光歌集』(砂子屋書房、2017年)より。