幽霊でございます、と起きてくる祖母のジョークを諫めておりぬ

原田 彩加『黄色いボート』(書肆侃侃房 2016年)

 

 夜、茶の間(もしくは自分の部屋)で起きていると、不意に戸の向こうで何物かの気配がする。

 暗いし、静かだし、どきりとして、身を構えると……祖母だった。

 「幽霊でございます」と名乗りながらの堂々の登場である。

 ことさらに「幽霊」に寄せて  たとえば、長い髪をざらんと前に垂らしたり、白いバスタオルを被ったり  しなくても、本人が幽霊と言えば幽霊なのだ。寝るために引っ込んだ後に、また起き出すということは、一度異界に行った者の復活という意味合いもあるし。

 孫を楽しませるための、夜中のおちゃらかしとしては一級である。本人自身も興じるにやぶさかではない。

 だが、孫としては、その冗談には乗り切れない。

 「諫めて」には、むやみに他人をどきどきさせるのは良くないよという忠告や、遊んでいないで早く寝た方が良いよという心配りと共に、「幽霊」だということを打ち消したい気持ちが籠もっている。

 

 冗談でも、幽霊だなんて言わないで。

 

 言葉には言霊がある。不思議な霊威によって、言葉通りになってしまうかもしれない。

 嫌だ。幽霊なんかになってほしくないのだ。

 

 それにしても、ユニークな祖母である。

 

  庭中の花の名前を知っている祖母のつまさきから花が咲く

 

 このような歌もある。もう、魔法ではないか。

 本当の花好きは、花のことを良く知っていて、花を咲かせるのが上手い。その力量はもう神業であって、「つまさきから花が咲く」は大きい比喩だけれど、大きすぎるわけではない。祖母もそういう類いの人なのだ。そして、この比喩は、そんな祖母を尊敬し、憧れ、慕う心の表れである。

 

 幽霊だったり、魔法使いだったり。

 

 最高にクールだからこそ、ずっと近くにいてほしいのだ。

 

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