十年をオークの樽に沈みいしライ麦の小さき呟きを飲む

永田淳『光の鱗』朔出版,2023年

十年もののウイスキーを飲む。熟成年の表記がないウイスキーよりも、少し高価なウィスキー。多くのウイスキーはオーク樽で熟成される。ライ麦を使ったウイスキーはバーボンやカナディアンが有名だ。ライ麦を主原料としたものをライ・ウイスキーと呼ぶ。十年の熟成年を持つものでは、アル・カポネが愛したことで知られるテンプルトンのライ十年なんかが思い浮かぶ。

十年は決して短い期間ではない。ぴかぴかの小学生は高校生となり、大学に入学したての十八歳が社会の歯車としてこなれてくる。オーク樽の中で熟成されたウイスキーは丸みを帯び、樽の薫香をまとう。もしこれがバーボンなら、樽の内側は火で炙って焦がされ炭化していて、ウィスキーは独特の香味をまとっているだろう。

「ライ麦の小さき呟き」という表現がおもしろい。ウイスキーの原材料の中で、ライ麦には苦味やスパイシーさがあると言われる。そう言われているからそんな気がするだけかも知れないけれど、ライ麦に独特の存在感があるような気がする。そんなライ麦由来の味わいを主体は楽しんでいる。そして、どこか主体とウイスキーとの交感を感じさせる。

「沈みいし」呟きなので、それは樽に沈んでいた呟きであろう。もう完全に形を失ったライ麦の呟き。琥珀色の液体を口に含み舌先で感じる呟きは、十年以上前にライ麦が残したものだ。主体はウィスキーの味を噛み締め、ライ麦の呟きを感受する。

譲れざる一つであれば室温のオールドクロウのほのかな甘さ/永田淳『竜骨もて』

同様にウィスキーの歌。オールドクロウはバーボンウィスキー。譲ることのできないものとして提示されている。
直接的に提示されているのはウィスキーの銘柄なのだけど、それ以上に、ウィスキーを飲む時間が譲れざるものとして提示されているような気がする。「室温」という限定が自宅での飲酒を想起させるので、余計にそう思うのかも知れない。夜、家族が寝静まった時間に、ウィスキーをストレートで飲む様子が想起させる。それは、かけがえのない時間であろう。

一般的には甘い液体としては認識されないウィスキーだが、飲み慣れてくると甘さとしか言いようのない味が知覚できるようになる。蒸留を経ているため糖度は含まれないはずなのだけど、熟成によって付される甘さのような風味が確かにあって、どこか主原料である麦の気配が感じられるのだ。

ウィスキーは時間を含んだ酒だ。熟成年が表記され、熟成年の変化とともに味も変化していく。もちろん、他のお酒にもそういう側面はあるが、ウィスキーの場合は時間がアイデンティティになっている。

永田淳さんの歌集には人生の時間の流れが色濃くにじむ。その中で読むウィスキーの歌は味わい深い。

更くる夜と明けゆく夜の共にありその境目をひたひたと飲む/永田淳『1/125秒』

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