三連星からすきよ初めて人を抱きし夜のその夜のやうに冷ゆるからすき

高野 公彦『天泣』(短歌研究社  1996年)

 

 三連星からすき  星の名前である。オリオン座のベルトのところの三つ星が、農具である唐鋤からすきからすきに見立てられた。

 「からすき」は、土をたくさんのへらで引っ繰り返しながら耕す、今で言えば耕耘機のようなもので、これを牛や馬に牽かせたらしい。そういう道具を空に見た。掲げた。

 この見立ては、ある日誰かが言い出したことなのか。そして、それはどのようにして各地に広まったのだろう。昔の人が、いかに農耕というものを大事にしていたかが思われ、興味深い。

 

 こちらの歌では始めと最後に「からすき」という言葉が入れ込まれている。「からすき」と「からすき」の間に歌がある。

 始めは、漢字「三連星からすき」、終わりは仮名で。この繰り返しは、切なるものを希求する心の表れのようである。

その間に置かれたのは、「初めて人を抱きし夜のその夜のやうに冷ゆる」というフレーズであり、ここにもまた、「夜」の繰り返しがある。つまり、眼前の「からすき」から、あの「夜」、忘れられない「夜」へと思いは至り、また、眼前の「からすき」へと思いが戻ってくる、そういう構造の歌なのである。

 

 「初めて人を抱きし夜」  その夜にオリオン座の三つ星が美しかったのだろう。寒い冬の夜。ならば、人の温もりが、いっそう沁み入ったことだろう。手慣れていないぎこちなさの中の、あるいは、衝動的な激情のうちの抱擁。しかし、むしろ、身体に刻まれたのは、その夜の冷たさの記憶の方だった。

 

 三連星からすき」は三つ星であるから、セットとして見なされ、絆が深いように感じられる。だが、実は、一個一個は果てしなく遠くにある。何百光年ずつも離れている。「連」という字を持ちながらも、そこにまざまざと横たわる遥かな距離。それが、「その人とわれ」、または、「あの夜とこの夜」へも作用し、埋められない隔たり、それゆえの空しさ、頼りなさ、おぼつかなさを感じさせてくる。どうしたって、ぴたりと重なり合うことなどできなくて。

 

 さらに、語の繰り返しも含め、音の効力が決め手となっている歌であるのだが、「からすき」という音色おんしょくからは、からっぽ、からから、枯らすなどの乾きが感じられる。この四文字の音の中では、「す」が最もしっとりとしているだろうか。ここに、幾ばくかの執着の湿りがあると言えばある。「すき」から「好き」を読み取るのは深読みだとしても。

 

 そして、白く輝く星は、「冷ゆる」という言葉と、深い感覚・感性のところでもダイレクトに繋がってくる。それは今の心の温度でもあって。

 

 からすき  からすき。何度も何度も季節は巡り、星は巡り、思いは巡る。

 

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