『不變律』塚本邦雄
菖蒲湯は五月の上の午(うま)の日、五日に薬草の菖蒲を入れた湯を浴び邪気を払った習慣のことで、古く中国から伝わったものだというが、現在も延々と暮らしの中に根づいている。この歌では「菖蒲湯」に「父」の「うつし身の香」を嗅ぎとっている。「菖蒲湯」の香を「うつし身」に、ではないことに気づく。下句も意味深長で、「父」を「思ひ出さず忘れず」と告げている。この「父」とはいったい誰か、果たして肉親としての父なのかどうか。
戦後、いわゆる前衛短歌と呼ばれる作品をもって出現した塚本には、その出発の時点から反日本、反伝統の姿勢が見えた。いま、この歌の「父」を「日本」に置き換えてみれば、そこに込められた意味が新たに見えてくる。すなわち、「菖蒲湯」という伝統の香の中の日本を、「思ひ出さず」、しかし「忘れず」というように、である。おそらく塚本の歌は、そうした祖国への深い愛憎の中で闘いつづけられてきたと言えるのだろう。一九八八年刊行。
