爪飛ばし切るとき昼のもののこゑもののけの音こぞりて来る

『奈良彦』櫟原聰

「鬼」という字を「もの」と読ませている。歌の中にはまた「もののけ」もいる。「鬼」の「こゑ」に対して「もののけ」は「音」と記されているが、大きな違いはなさそうだ。
昼間、プツン、プツンと「爪」を切っている。足の爪などは意外に大きな音を立てるものだ。切り取った爪がどこかへ弾け飛んだ。その行方を目で追い、耳を澄ませていると、なにやら「鬼(もの)のこゑ」が聞こえ、さらにそれが「もののけ」の音へと増幅して「こぞりて来る」ように感じたという。切り取った爪はもはや作者の身体を離れて「もの」と化したのかもしれない。ともあれ作者の棲んでいる大和は、古くから鬼やらもののけやらが棲みついている土地である。それらと共棲している日常感がさりげなく歌われていて面白い。古きもののけの気配を古きことばとともに詠む歌人である。二〇二二年刊行の第八歌集。

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