冬虹の弧はふかきかな夫在らぬ空間ふいにあらはとなれり

 『野菜涅槃図』春日真木子

 冬の空に虹がたった。空がよく晴れているので虹の「弧」が鮮明に見える。見上げながら作者は「弧はふかきかな」と嘆息する。息づきの深さが二句切れの表現を呼んだことは明らかだ。そしてその時同時に、「夫在らぬ空間」が突然あらわになったという。「冬虹の弧」がもたらした喪失の空間である。
「野菜涅槃図」という歌集名には、江戸時代中期の画家伊藤若冲の「果蔬涅槃図」が思われているのであろう。釈迦の入滅を野菜と果物が囲んでいるあの涅槃図である。この一首の「空間」という言葉が、「夫在らぬこと」でも「夫在らぬ日々」でもなく「空間」であるという意味も、この涅槃図を思い起こせば明らかになってくる。作者は冬虹の景色に夫の亡き空間を重ね見た。その時「弧」は「孤」に重なり、自分自身の「孤」を、生きるという孤独を、鮮烈に感じとったのであろう。この歌のすぐ後に「虹消えてふたたびひろき空のもとありありとわれのうしなひしもの」の一首がある。ここにもまた涅槃図があろう。一九九五年刊。

 

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