人の肉に酸味ありとぞ折り貯むる蕨やはらかにわが思ふこと

『高谷』石川不二子

 早春の野に蕨を摘みながら「人の肉に酸味ありとぞ」と思っている。不気味な歌なので覚えている。作者もおそらく「酸味あり」という言葉が記憶から消えなかったのだろう。しかし何ゆえに「蕨」と人肉嗜食=カニヴァリズムが結びつくのか。

蕨は羊歯の若芽だが、春先の太くやわらかいものを茹でて食用にする。山里では山菜摘みも楽しい春の行事であろう。穂先がまだ開かない人の拳のような蕨は、摘むとすぐ折れて匂いのある粘った汁を出す。そんなところから、人肉を食うカニヴァリズムを思ったのだろうか。〈山中に一人蕨を折りながら人肉嗜食を思ふなにゆえ〉という歌も次にある。「山中に一人」生きる時の飢えの感覚があるとでも言おうか、そんな野生がこの作者の歌にはある。

二〇〇〇年刊行。

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