菜の花の黄のかがやける丘にゐる老いらを訪ぬわれを待てれば

『新月の蜜』伊藤一彦

 ここに歌われているのは一時期のわたしの心そのものであった。伊藤の住む宮崎の日向は温暖の地だが、わたしの生地である千葉の房総も暖かで、春にならないうちからいっせいに菜の花が咲く。老いた父母の待つその菜の花の里へ、わたしは何年となく通ったのである。この歌をつぶやきながら。

「菜の花の黄のかがやく丘」に高齢者施設があるのだろう。一首には「介護老人保健施設で出前短歌会」と付されている。伊藤はそこで歌づくりを指南し、合同歌集を何冊も出版しているのだが、百歳に届くような老人たちの歌がまことに輝いて心を打つのである。人間味とユーモアのにじむ彼らの歌を辿っていると、「菜の花の黄のかがやく」この「丘」が、なにか明るい桃源郷のようにも見えてくる。そうした桃源郷をこの世の中に創り上げたのは、この歌人の大らかな陽性の世界観にちがいない。『新月の蜜』は二〇〇四年出版の第九歌集。

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