光森裕樹


to doを書き出すことを脳内のto doリストの筆頭に置く

牧野芝草『整流』(六花書林:2012年)


 

◆ 2つのTODOリスト (1)

 

仕事や日常におけるさまざな「すべきこと(to do)」が溜まってくると、それをリストにする必要が出てくる。けれどもと言えば良いのか、当然と言えばいいのか、「to doリストを作ること」という項目は、「to doリスト」には書けないので、頭のなかに書き留める必要がある――
 

論理パラドックスを聞かされたような面白さを感じさせる一方で、多くの人にとって経験のあることではないかと思う。メモしておきたいことがあるのに手元に帳面がない場合、頭のなかで「あとでメモすること!」と強く念じて忘れないようにしておくようなことは、私にもよくある。そして、次の瞬間には何をするんだったっけ……と忘れることもしばしば。
 

自身の思考を客観的に辿る歌の内容もそうだが、なによりも「筆頭に置く」という表現に、落ち着きを感じさせる。この作者はきっと「to doリスト」を作ることを忘れはしないし、書き出した「to do」もしっかりとこなしていきそうだ。いろんな意味で、信頼のおける一首である。
 

外国への旅行を扱った連作に、次の歌があった。
 

「路面電車で市民の暮らしを体験」と旅程の15分間にある

 

同じ連作にある「朝食のテーブルにいて脳内の内田光子が弾く謝肉祭」(この歌にも「脳内」がでてくるのは面白い)などから考えて、イギリスに滞在した際の歌と読んだ。ツアーの旅程か、ガイドブックに記された街歩きのコース例なのかは分からない。あるいは、自分自身で細かくたてておいたプランである可能性もある。いずれにせよ、これもある種の「to doリスト」の一項目のようなものだと言える。
 

路面電車に乗れば、市民の暮らしを体験できるのだろうか、それもたったの15分で――と、ふかぶかと考えてしまう歌だ。細かいことは気にせず素直に楽しむのが旅行というものだが、ふと立ち止まってしまう点に作者らしさを滲ませている。
 

英語にも大阪なまりがはみ出して付加疑問文率が高まる

 

同じ連作から引いた。おそらくは、自身が旅先で話す英語に「〜,don’t you?」「〜,aren’t you?」などの表現が多いことに気が付いたのだろう。そこに、関西で耳にする「〜ちゃう?(〜ではないですか?)」という表現との共通性を感じたのだと思われる。旅先でのすこしテンションの高い気持ちが感じられて、読む側も楽しい気持ちになる。
 

(☞次回、2月10日(金)「2つのTODOリスト (2)」へと続く)