たくさんの空の遠さにかこまれし人さし指の秋の灯台

杉﨑恒夫『食卓の音楽』(1987年)

4月21日の本欄で杉﨑恒夫の第2歌集『パン屋のパンセ』(2010年)から1首取り上げた。このたび、第1歌集の『食卓の音楽』が新装版で刊行され、みずみずしく日常に鳴り響く歌の数々に出会える。

 

人さし指を空に向けているところか。風を調べている様子を思う。「たくさんの空の遠さ」にかこまれている、というところで、広大な空間を感じる。人さし指を中心に半球のように広がる澄んだ秋空の空間だ。その空間で、ぽつんと空に向く人さし指は、なんてさびしいのだろう。そして、たしかに、岬にひっそりと立つ灯台に似ている。秋の空の下の人さし指と、灯台と、二つの世界が重なり合い、響き合う。

 

  うしろでに図書庫の扉しめるとき冷んやりと昏き八月の森

  くだものの皮ほぐれつつくだものの芯にサティのオルゴール鳴り

  感情の乾ける風の都会にてじつに多くの矢印に遭う

 

「冷んやりと昏き八月の森」や、「くだものの芯」の辺りから聞こえてくるような気がするサティの音楽、風の吹く都会で目にする矢印。日常にひそやかに息づく詩が、明晰で透明感のある文体ですくいとられている。

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