一ノ関忠人


歳深き山の/かそけさ。/人をりて、まれにもの言ふ/聲きこえつゝ

釈迢空『春のことぶれ』(1930年)

 

いささか早いけれども、ここからは歳晩年初にかかわった歌の紹介につとめるつもりである。歌が祈りであるとすれば、この季節にもっともその意義が発揮されるだろう。色々な年末年始の歌をお楽しみいただきたい。

迢空の歌に歳晩年始の作の多いことは、いく度も指摘されている。『釋迢空短歌綜集』(河出書房新社)の初句索引にあたるだけでも、「年くるゝ」「年暮れて」「年の夜の」「年(歳)ふかき」「年深く」、「年あけて」「年かはる」「歳の朝」「睦月来ぬ」「睦月空」「睦月たつ」…という具合だ。とりわけ「むつきたつ(睦月立つ)」に至っては23首が並ぶ。同じ初句を持つ歌が、23首、これは多いだろう。これ以外にも「元日の」「よき春の」「春来たる」のような語もあるから、迢空の歌に占める歳末年始の歌の数はかなりの量になるだろう。

迢空クラスになると文芸誌・短歌雑誌等、正月号への依頼が多いことも考えられるが、「新年、又は歳末の気分は、町に育つた私として、気楽に調子に乗つて、拘泥なしに作り易い」(「『心深き春』自註」)ということでもあった。

この一首、迢空の第二歌集『春のことぶれ』の最後の一連、歌集名と同じ「春のことぶれ」8首の最初の歌である。『春のことぶれ』は、一首が一行ではなくおおむね四行(三行、五行もある)の表記を採用した独特のものだ。四句形式へのこだわりは、短歌の滅亡を予想した迢空の新しい詩形式を産みだすための試行とも考えられるが、その自在な感じは、この歌集の持つ明るい感覚にふさわしく感じられる。

とはいえ迢空である。素直に明るいわけではない。歌集の扉に記された「我がまをす/春のことぶれ 聴きたまへ」と題された祝言に「この国の文学/いよゝ盛りにおこり、/この国の歌/いよゝ弘くゆきとほらむ。」とこの国の文運を明るくことほぎながら、私の歌のいとわしさは、その文運にかかわることがないと暗転するこのエピグラフの奇妙な調子は、昭和初年代の文学全般の時代相とかかわるのか、興味深いものがあるが、いまだ確かには解き明かされてはいない。

今日のこの一首、1929(昭和4)年12月、青根温泉(宮城県)で詠んだ作。歳晩の山中に正月準備をする人の声をうたう。「春のいそぎ」、つまり正月の準備に松飾りなど、歳木を伐った村人だろうか、山から下って来る。ここでは「もの言ふ」だから、相手がいる。これから伐採に出掛ける村人と出会ったのか、あるいは同行したか。たまたまそこにいた村人との会話か。また「聲きこえつゝ」とあり、聞こえ、聞こえしているのだから相手も発声している。歌の描く場面はこういうことだろう。

そして、この静けさの中に珍しく聞こえるその声は、歳晩の山中の村の閑寂をいっそう際立たせることになる。歳深き山の「かそけさ」である。しかも、その「まれに」と「つゝ」との微妙な働きは、長い時間の経過があって今もという気分を醸成する。毎年毎年おなじ情景が繰り返されて続いている歳晩の一風景、その「まれ」な一日に遭遇した。それが迢空の「かそけさ」の世界である。

これは『迢空百歌輪講Ⅰ迢空短歌の読み方』において成瀬有が示唆したところに従った解釈であるが、どうだろうか。ずっと長く続いていた山中の村の歳晩の静けさである。

 

年暮れて 山あたゝかし。/をちこちに、/山 さくらばな/白く ゆれつゝ

冬山に来つゝ/しづけき心なり。/われひとり 出でゝ/踏む/道の霜

かさなりて/四方(ヨモ)の枯山(カラヤマ) 眠りたり。/遠山おろし 来る音の/する

 

一連にはこのような歌が並ぶ。まさに迢空の世界である。失われつつあったこの風景、迢空の歌にまさに閑寂の空気感そのままにうたいとどめられたのである。