さいかち 真


三河地震に宿舎はつぶれ二ヶ月余余震におびゆる日の続きたり

保田ヒロ『薄墨桜』(2015年)

 三河地震は、戦争も押し詰まった1945年1月13日に起きた地震で、その一月前の昭和東南海地震とともに、当時の軍部の情報統制で国民にはほとんど知らされなかった。これらの地震によって東海地域の軍需工場が受けた被害は甚大なもので、日本の敗勢を決定づけた天災の一つとされる。掲出歌は、学徒動員先で地震に遭った記憶を詠んだものである。

作者は、昭和二年奈良県御所市生まれ。この歌集には、明治四十年生まれの作者の母、保田シウの遺稿も巻末に収録されている。この歌集を編集した作者の娘、松井純代は「日月」所属の歌人であり、つまりこの歌集は、親子三代の歌詠みの家族の記憶をまとめたものということになる。巻末に「補遺」として、「毎日新聞」奈良版大和歌壇の欄に、三人がそろって載った時の歌が並べられている。

 

夏のわらび滝の彼方に見いだしぬまなこ幾度かたしかめ見つつ  保田シウ

高原のすすきの群れの陰にしてうす紫の釣鐘草の花       保田ヒロ

夕暮れの空に見出す淡き色心のみぞをうめて広がる       松井純代

 

いずれも今の時期に似つかわしい、やさしい気持ちのあふれる歌である。調べもなだらかで、ここにあらわれている三人三様の心の置き所の表現を丁寧に読み取りたいと思う。一首めの下句は、老眼もあって幾度も目をこらしているのである。二首めは、ひっそりと咲く花への心寄せである。三首めは、他人との心の溝を忘れようとする歌。この時、保田シウ六七歳、保田ヒロ四七歳、松井純代二五歳、と解説文にある。こういうものを見ると、われわれが大切にしなくてはならない心の使い方がよくわかる。