松村 由利子


ふる雨にこころ打たるるよろこびを知らぬみずうみ皮膚をもたねば  

        佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』(2015年)

 

まず歌のしらべが耳に心地よい。そして、読むほどに心がひたひたと濡れてくる。

「よろこび」を感じているのは、歌に提示されない「わたし」ではないかと思うが、景としては雨滴に穿たれている湖面の様子が浮かんでくる。その細かな凹凸というか襞は皮膚のようで、「みずうみ」とて歓びを味わっているのではないかと思わせる。

「みずうみ」が擬人化されるというよりは、むしろ、自らと「みずうみ」を同格に捉えている作者が、不意に満々と水を湛えた湖に変身してしまうような、不思議な印象を抱く。この「みずうみ」は、少しばかり『惑星ソラリス』の「ソラリスの海」を想像させる。SFやファンタジー、幻想文学に近いところで長く短歌を作り続けている作者ならではの手並みであろう。

この歌集のキーワードの一つは「ふれる」である。事物はすべて、見えない触手でそっと光にふれ、あるいは悲しみにふれ、雨に打たれて歓喜する。私はいつの間にか、人間ではなくなり、自在に飛翔する存在になる。だから、この歌は人類が滅びてしまった後も“有効”なのである。人間の気配すらない湖畔の風景に雨が降る――そこには、確かに何かが歓喜している気配が漂う。