名残思ふまくらに残る虫の音はゆめの跡とふ心地こそすれ

中島歌子『萩のしつく』(1908年・三宅龍子編集兼発行)

 

樋口一葉は中島歌子の主宰する歌塾萩の舎で和歌を学んだ。同門に三宅龍子(花圃)がいた。一葉や龍子が通っていたころが萩の舎の全盛期で、歌子は前田家や鍋島家に人脈をもち、数字の根拠はさだかでないが門下生が1000人をこえたという。上流階級の子女に書や和歌を教え文化的嗜みを養った。旧派は次第に時代から取り残されたが、歌子の没後、門下生によって遺歌集が編まれた。

 

歌集は旧派らしく、春歌、夏歌、秋歌、冬歌、恋歌、雑歌に分類され、掲出の歌は、秋歌にあり題は「枕上虫」、つまり枕の上に鳴く虫である。枕→夢→消える・儚いというストーリーを虫の声とどのように組み合わせて一首に情緒をかもしだすかが腕のみせどころ。この歌は、秋(=飽き)の虫がまだ覚めやらぬ夢の名残を偲んでいるのだろう。夢と現実の境目にいるような気分、一人に立ち戻ったときの寂しさがひんやりと身にしみる。

 

花前帰鴈

ふるさとの誰にまたれて帰る鴈花につれなき名をはたつらむ

語恋

折々は人もやきくとよそ事にかくることはのはしそあやふき

 

原本の表記は濁点がない。「名をば」「かくる言葉の端ぞ」と読む。時代に取り残された歌子の歌は、今日では旧派和歌と一括りにされて顧みられることも殆どないが、近代短歌が何を否定したのか考えさせる。