波がしら一つに寄せて立ちあがり暗き濁りの岸にとどろく

永井正子『加賀野』(1997年・短歌新聞社)

 

近年、地方創生などといって地域の活性化が唱えられるようになったが、ことさら言挙せずとも風土に根付いた文化や気風は脈々と息づいているのだと思うことがある。『加賀野』は、作者の第4歌集。「あとがき」に「私の住む加賀野は、霊峰白山の麓の広大な穀倉地帯の南を占めています。豊かな沃土は加賀百万石の文化を育て、人々の穏やかな性情をも育んできました」とある。風土への誇りと信頼がうかがえる。それは、旅先での歌における他の土地への接し方にも現れており、風物を懐深く招き入れ、温かい気分を残す。「穏やかな性情」は、それを指しているのだろう。

 

掲出歌は、「台風一過」の小題の中にある一首。日本海の荒波を歌ったものと思われる。程よい距離感をもって描かれた自然の様は厳しく、人を寄せ付けない力感に満ちているが、そうした自然をこの土地の人々は受け入れてきたのであろう。

 

沈む日に胸のあばらの透くるごと立ちて釣るかげ渚にひとり

蜘蛛の巣を払ふ木下に阿羅漢の笑ふと見えて二つ下がり目

あひ打ちていづれ崩るる流氷の余る力の船を押し上ぐ

 

風景を歌うのでもなく、人間を歌うのでもなく、風景と人間の力の均衡を見る目がある。対象を捉えるときの視線に、厳しさと折り合いながら生きて来た人間たちの奥深さが光る。感情過多に陥らず、冷徹に突き放すのでもない享受のありかたは、作者個人のものでありながら、風土の中で人間たちに培われてきた、目に見えない伝承のように感じられた。