東直子『春原さんのリコーダー』(1996)
ちんちろりん、ちんちろりん、ねえ。
ちんちろりん、は辞書的には「松虫の異称」とか「まつぼっくりの異称」とある。
でも、りっぱなオノマトペでもある。というか、オノマトペから松虫の名前になったのだろう。ちんちろりん、という音感が嫌いな人はいないだろう。
少人数の会の場合など、遅れて加わる人がいると、場の雰囲気が少し動く。
座席の移動や空気の攪拌などの物理的な動きもあるし、人間関係の揺らぎもある。グループダイナミクスというのかもしれない。
それが、なんとなく落ちつくまでの短い時間。気まずいような、わくわくするような、視線の定まらないような時間。しゃべるようなしゃべらないような、話に加わるような加わらないような、不思議な時間だ。
言われてみれば、ちんちろりん、である。
夏場であれば、それが汗とか体温というかたちで、さらにはっきりと見える。
やっぱり「ちんちろりん」だ。
東直子には、こういう、不可視な時空を小さく切り取って、提示してくれる秀歌がいくつもある。詩人の直観力に優れた歌人なのだ。