生沼義朗


小高賢/ネクタイをかたく絞めれば目や口が鼻を目指して集う気のする

小高賢『秋の茱萸坂』(砂子屋書房・2014年)


 

意味内容にわからないところはない。ネクタイを固く締めたとき、首が苦しいとか肩が凝るとか、さらにそれを人生の息苦しさなどに結びつけるのは誰もが思うことであるが、それをそのまま歌にしてもベタである。掲出歌は、目や口が鼻を目指して集まる身体感覚に新鮮味と妙な説得力がある。ネクタイを締めたことのある人は、この感覚を一定以上共有でき頷けるのではないか。

 

小高賢が2014年2月10日に69歳で急逝してもう5年になる。『秋の茱萸坂』は歿後に出版された第九歌集だが、いわゆる遺歌集とは異なる。亡くなった時点で、2013年2月までの作品484首が歌集稿としておおむねまとめられており、題も本人の手でつけられていたという。本集はさらに2013年2月以降の作品176首が遺稿として加えられている。

 

表題になった「茱萸坂」は国会議事堂の南側を東に向けて下る緩やかな坂で、昔は道の両脇に茱萸の木が植えられていたことからこの名前がついたらしい。今でも毎週金曜日に首相官邸前で行われている反原発デモの経路にあり、小高は余程のことがない限りこのデモに毎週参加していたという。『秋の茱萸坂』には、

 

ウーロン茶右手に掲げ「再稼働ハンタイ」叫ぶ200回ほど

 

という歌も収められている。「200回」という数字は概数であって正確に数えた訳ではないだろうが、ここから一定以上の時間デモに参加していることが察せられる。

 

 

一のわれ二のわれがいて物欲しげなるあり方を二が批判する
ミートソースになげきをからめ愚痴かさねそのうちらから甦(かえ)るともだち
中欧の肉かたきこと 過ぎ去りし夜をしのべというがごとくに
年度末工事のような「六カ国協議」埋(うず)めればまた穴は開く
長男を亡くすせつなさ十七首日記にのこす西田幾多郎
「想定外」「停める」「冷やす」に「閉じ込める」また戻りくる同じことばへ
おそるべきほどゆっくりとパンひとつベンチの老いは食べ終わりたる
追悼を書き泥む日の行きかえり生(せい)みなぎらす顔は車中に
皸(あかぎれ)を説明せんと湯沸かし器のあらぬ厨からはじめたり

 

 

小高は幅広い関心と該博な知識を持ち、それを積極的に作品に取り入れているが、さりげない存在感なので衒学的な印象はまったくない。いわゆる社会詠が他の歌人に比べても多い印象だが、声高に自分の主張を唱えたりすることは少なく、そこに老いへ向かう意識やさまざまな思索がからみむことによって深化した抒情が醸し出されている。

 

最後に思い出話になってしまうが小高賢は気配りの人で、会合などでお会いするといろいろな方に話しかけていた。もちろん自分も何回もお声をかけてもらった。最後にお目にかかったのは2013年8月に行われた「朔日」の20周年祝賀会の席で、私事だがその年の2月に結婚したばかりだった。ちなみに相手は「朔日」の会員である。誰かからそのことを聞き及んだらしく、「オイヌマ、結婚したらしいな、奥さんと上手くやれよ、三年持てばあとは何とかなるからな、離婚するなよ!」と何回も言われた。余程危なっかしく見えてたのかもしれないと思うとそれはそれで申し訳ないが、まさかそれが最後の会話になるとは露ほども思わなかった。私たち夫婦は無事続いており、今年の2月で結婚してちょうど6年になる。