花山周子


林静江/十一日で止まりし日付けと日直を丁寧に消し職を退く

林静江 2011年作 『震災のうた―1800日の心もよう』(河北新報・2016)


 

東日本大震災から今日でちょうど八年目になる。
日付、というものにどれほどの意味があるのかわからないけれど、多くの人にとって「三月十一日」という日付がそれまでとは全く違うものになったのは事実だと思う。

 

三月といえば、卒業の季節で、環境の変化を目前に控えた様々な感慨や思い出にセンチメンタルな気分になる時期でもあった。今日の一首においても、作者はおそらく、長年勤めてきた教職の定年を2011年3月に迎える予定であったのだろう。それは例年であれば、一人の人の人生として、とても大切な節目であったはずだし、一月、二月、そして三月十一日までは、そのことの感慨が作者の心を占めていたはずである。けれども、生徒の卒業と自身の退職を目前にして、震災が起きた。それどころではない日々が過ぎ、ある日、誰もいない教室で、あの日の「日付けと日直」を丁寧に消して、仕事を終えたのである。

 

作者は仙台市若林区在住の方で、若林区は、仙台市の海側にあたり、市内で最も甚大な被害を受けた地域である。作者自身がどの程度の被害を受けているかはわからないし、勤務校自体は無事であった様子であるけれど、この歌からは、語られていない多くのことが背後に感じられる。それまで続いていた一人一人の人生があり、一人一人にとって重要な三月という季節があったこと。そういう個人としての大切なものが重要ではなくなるほどの大きな出来事として震災が出現したこと。そこから続く日々は、これまでの人生から予想された延長線とはまったく異なるものになったこと。たった一人で日付けと日直の名前を消す。それは予想し得ない自身の姿であったのだと思う。

 

今日の一首が収録される、『震災のうた―1800日の心もよう』は、震災後五年間、河北新報歌壇に掲載された224名による650首が収録されている。それぞれの歌がとてもいいというだけではなく、同じ作者の作品が違う場所に何首も収められているために、それらを五年間の時間の中で読んでいると、決して一様ではない一人一人の震災後の時間が平行して流れていることが自ずと浮かび上がっていて、単なるアンソロジー以上の記録性を持っていると思う。