生沼義朗


加島清子/巡回のどの病室も月の見ゆ今宵はカーテン閉めずにおかむ

加島清子『2017年版 現代万葉集』(NHK出版・2017年)


 

3月21日3月23日3月26日3月28日と4回にわたって医師の仕事の歌と解釈を記したが、今回は看護師の歌を紹介したい。

 

出典は、日本最大の歌人の親睦団体である日本歌人クラブの年刊アンソロジー。2017年度版は会員非会員にかかわらず1872名の各三首ずつ、総計5616首が収録されている。『現代万葉集』は「自然・四季」「生活」「家族」「旅」「社会」「災害・環境・科学」など15の項目別に編集されており、参加者は中からひとつを選び、その年に制作された作品から項目に沿った自選3首を掲載している。

 

 

巡回のどの病室も月の見ゆ今宵はカーテン閉めずにおかむ
逝くときは傍に居てねと媼笑まい看護師われの手を握り言う
さまざまな寝息聞きつつ巡回終え一人茶を飲む詰所の隅で

 

「仕事」の項目に載っていた加島清子の作品3首すべてを順番通り引用した。この3首から作者が看護師であることが分かる。どの歌も平易な表現に仕事の実感がしっかりと刻みこまれている。

 

掲出歌も意味内容的には一読で理解できる。消灯後の病棟を一室一室、おそらく懐中電灯の類を手にして巡回する。訪れた病室のどの部屋の窓からも月が見える。いつもならカーテンを閉めて部屋を後にするのだが、今日はその月の美しさゆえにそのままにして次の部屋に移った。月がどのくらいの満ち欠けだったかは読者がおのおの想像すればいいのだが、下句の「カーテン閉めずにおかむ」というやさしさあふれる表現と、「今宵は」と限定していることを考えると、やはり満月を想像する。

 

自選3首なので、連作として読むことは本来は違うのかもしれない。だが2首目の歌は、1首目を受けた方がこの歌がよりドラマチックかつリアルになる気がするので、あえてそのように読ませてもらう。消灯後の暗い病室で、眠れないでいる老婆と「逝くときは傍に居てね」と会話を交わす。もちろん小声でである。微笑んでいるのも、懐中電灯の光の下と想像する。「手を握り」にシンプルなリアリティがある。

 

3首目の歌も仕事の一コマをあざやかに切り取る。「詰所」はナースステーションのことだろう。巡回を一通り終えてナースステーションの片隅でひとりお茶を飲むだけの内容だが、看護師の仕事中の緊張と緩和が伝わってくる。「さまざまな寝息」は一見何気ない描写に見えるが、常に患者の状況に気を配っている看護師だからこそ気がつく事柄であり、まさに作者の五感と職業経験でつかみ取った措辞と言える。

 

精神科医の中井久夫は著書『看護のための精神医学』(医学書院)の中で、「医師が治せる患者は少ない。しかし、看護できない患者はいない」と述べている。医師だけでなく、看護師もまた患者にとって必要不可欠の存在である。

 

「今宵はカーテン閉めずにおかむ」という感情は、看護師誰でも持っているとは思わない。これはこの作者が持つ人としてのやさしさであり、同時にそのやさしさを産む感性が詩を産みだしているのである。