生沼義朗


島本太香子/息を吸い肺膨らませ吐いて泣くそれが独りで生きる始まり

島本太香子「眠る嬰児(みどりご)」(「短歌往来」2019年4月号)


 

前回は整形外科医の歌だったが、今回は「短歌往来」2019年4月号の特集「ハード・ワーキングをうたうⅧ」で見つけた産婦人科医の歌を紹介したい。

 

「ハード・ワーキングをうたう」は「短歌往来」が断続的に行っている名物企画で、今回も俳優、ソーシャルワーカー、農業高校の教師、介護職、交通誘導員、牧場経営者など幅広い分野から11名がおのおの8首と仕事に関するエッセイを寄せている。

 

そのエッセイによると、今回の島本の一連は「周産期医療に没頭していた頃の回想」らしい。回想詠である理由は「私はこれまで仕事を題材に歌を詠んだことがなかった。仕事を離れている時間、私の脳は働かせる領域を切り替えているらしく、仕事の現場の記憶を綺麗に消してしまう」からとのことである。その奥にはオンオフの切り替えだけでなく、作歌上の理念や守秘義務などさまざまな理由があろう。

 

掲出歌は、一首全体に動詞が多いことはすぐわかる。「吸い」「膨らませ」「吐いて」「泣く」「生きる」と5つある。短歌では一首での用言の多用を避けるべきなのはよく言われることだが、作者はそんなことは百も承知である。上句の意味内容は普通のことに思うかもしれないが、新生児からすればそのひとつひとつを全力で行っている。それが一首に生き生きと刻まれるのは、多用された動詞の効用である。

 

特に「肺膨らませ」が観察眼が働いている上に、リアリティと現場の実感がこもっている。「吐いて」も、新生児が母乳やミルクを吐くことはよくあることだが、作者には新生児が息を吸ったり泣いたりする行為と同等の、いわばルーティンワークと見ていることがわかる。同時に、文脈的には起承転結の転の役割を果たす。また、上句をひと息に描くリズムに、新生児の生きるための精一杯の行為がたしかに息づいている。

 

下句も一見よくある箴言のように感じるかもしれないが、ここにはこの世にやって来た新しい命に対する、産婦人科医という見届け人として、また人生の先輩からの「ようこそ」という祝福の気持ちがある。下句の始まりに置かれた「それが」も効果的で、上句の具体的な描写を受けつつ、作者のナレーション的ないわゆる語りに場面を転換している。

 

他にも引きたい歌はいくつもあるが、出典である「短歌往来」2019年4月号は現在発売中の最新号である関係から、紹介は最小限に留めた。ぜひ他の歌も読んでいただければと思う。