観覧車ゆっくりうごく 夏服のとがった肩もせり上がりゆき

安藤美保『水の粒子』(1994年)

ゆっくりうごく」がとても良い。

観覧車に乗っている感覚がすっと伝わってくる。「夏服」は半袖のTシャツだろうか。薄着をしていると体の線がはっきりと出る。観覧車が上がるにつれて風景はどんどん下に流れていき、空や海が見えるようになる。遊園地の雑多なアトラクションや人混みにあふれた地上から切り離され、どこまでも水平にひらける水色の景色に包まれはじめる。この時、相手の「とがった肩」の輪郭は地上でみるよりもくっきりと感じられるようになる。

結句の「せり上がりゆき」は、相手と少し距離を保って観察している気がする。隣り合うというより、向かい合って座っていると読んだ方が、後景に広がる空の前に「肩」が迫り上がる感じがする。「肩も」の「」は、観覧車の動きや風景と並ぶものとして「肩」を捉えているのではないか。区切られた同じ空間にいながら相手が風景の側にある存在として、今はまだ触れがたい存在として、目の前にある。

一首の中にいくつかの文体の変化が見える。

①「観覧車ゆっくりうごく」の跳ねるような韻律はやや幼い言い方である。「観覧車ゆっくりうごく」のように助詞が省略されている。その後の②「夏服のとがった肩もせり上がり」は口語ベースの文体だが「の」「も」で主体の認識を細かく描く様子は先ほどよりも冷静で大人びた言葉遣いに見える。現実であれば相手の服装を見て夏服を着ていると思うのは会った瞬間であって、あとはあえて「夏服」と認識する必要がない。歌にするにあたって過去を回想し、限られた音数に収めようとしたときに「夏服」は選ばれる。それに比べると①は選び抜いた言葉というよりも自然に発せられた言葉にも見える。大人は観覧車に乗っていて「ゆっくりうごく!」とは言わないので、外部からの刺激を素直に受け取る子供のようなすこやかさを演出する意識があるかもしれない。③最後が「ゆき」で、ここだけを②に続くテクストから分けたのは、②で変わり始めた文体が、元の口語ベースの文体に戻れないところまで進んでしまうからだ。「ゆき」は口語体で使える言葉ではあるが、文語のようなあらたまったフォルムにも見えるので、結句に置くことでほのかな詠嘆の意識(ゆき……)を読み取れる。

観覧車ゆっくりうごく 夏服のとがった肩もせり上がりゆく(改作)

最後を終止形にすると肩を見ている〈現在〉は〈過去〉にならないまま歌は終わり、回想のニュアンスは原作よりも減る。また、「ゆく」では肩の動きを描写するだけの視覚感覚に閉じた文章となり、肩以外の印象が薄くなる。原作通り「ゆき」とした方が文章の終わりが曖昧になり、「肩もせり上がり」以降に続く時間の存在を感じ取れるだろう。「ゆき」には主体の感覚を視覚から時間の感覚へ変えていく力があり、①においてリアルタイムに進行していた歌の内部の〈現在〉(=観覧車の中にいる時間)は、最後の「ゆき」に至って〈過去〉の回想となる。「夏服のとがった肩」のあなたは観覧車が動く時間感覚の中にある。自分の近くにいる相手が遠い存在に感じられる感覚を永遠の中に閉じ込めた歌ではないか。

***

もう少し「ゆっくりうごく」に注目してみる。

観覧車を歌にしようと思うと「うごく」よりも「回る」が先に思いつく。観覧車といえば大きな車輪が直立している姿を思い浮かべるだろう。

観覧車ゆっくり回る 夏服のとがった肩もせり上がりゆき(改作)

しかし、「回る」にすると歌の視点が一首の中で①観覧車を眺める視点と②観覧車の中にいる視点のふたつに分かれて混在するようになり、主体がどこにいるのか分かりにくくなる。ここには絶妙な言葉の選択がある。

観覧車ゆっくりうごく 夏服のとがった肩もせり上がりゆき(原作)

原作の「観覧車ゆっくりうごく」からは観覧車に乗っている時の浮遊する感覚を読み取れる。観覧車が上がっている・下がっているといった状況説明的な言葉は削られている。回る様子を遠くから見るのと違って、観覧車に乗っている時に感じる力は上下どちらか一方向に揺れながら進んでいく感覚である。実際に観覧車に乗っていると、視覚と移動する感覚は同時に起こるのだが、この歌では「うごく」だけが初めに切り出される。一首の中で五感のセンサーの感度に強弱が付けられている。「ゆっくりうごく」「せり上がりゆき」はどちらも同じ「動く」様子を言いながら、自分の体で感じる動きと、視覚的に感じる相手の様子に分けられる。

このような細かな認識の違いを一首の中で細かく分けることで歌の中の感覚が立体的に立ち上がり、読者に自然に伝わってくるのだと思う。

解き放たるる心地もち来て図書室の芽をふく大樹に近き席占む

ほっそりと反らすこともでき友達のくちさわることもできる指もつ

緻密に緻密かさねて論はつくられぬ崩されたくなく眼をつむりおり

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