花山 周子


平山公一/溶鉱炉百八メートルの頂に製鉄所三百万坪を瞰る

平山公一第二歌集『鋼』(2018年・いりの舎)


 

平山公一歌集『』は、「製鉄所」という5首の一連からはじまる。

 

溶鉱炉百八メートルの頂に製鉄所三百万坪を瞰る

溶鉱炉炉底より迸り流れ出づる鉄千五百度黄金色なり

日本では最後かも熱間圧延機全長六百メートル動き始めたり

水のカーテンと噴水瞬時に吹き出づる朱き帯鋼(コイル)の走り来たれば

秒速三十メートル朱き帯鋼(コイル)に瀑布なす水は瞬時に蒸気と化せり

 

自分が生まれてこのかた見たことのない景というものは様々にあるけれど、この製鉄所の光景は自分が見たことがないことがまざまざと痛感させられる。一首目のように「百八メートル」「三百万坪」という数字が何よりも端的にその規模を物語っていて、それ以上の説明を要さないほどの現場の迫力というものがここにはあるのだということを知らしめる。

 

平山公一は、昭和24(1949)年生まれ。ちょうど私の親の世代であり、この歌集の平成八年頃から十四年の間に、高校生であった長女、中学生の長男、小学生の次女はみな大学受験を終えることになる。

 

三十年昔の数学脳細胞の奥の奥より手繰り寄せゐる

吾娘高三親の権威を数学に保てることは冬の哀しみ

 

これは高三の長女に数学を教えている場面で、高三の数学を教えられることにまずは尊敬の念を抱いてしまったのだけど、この歌の読みどころはもちろんそこではなくて、「三十年昔の数学脳細胞」というような言葉のおかしみ、「奥の奥より」というところに自ずと感じられる懸命さ、「親の権威を数学に保てることは」という自己客体化に滲む人間味にはこの時代の家族というもの、そこに流れる時間が感じられて切なくなる。「冬の哀しみ」というシンプルな表白が何よりもある季節(受験期なのだが、これは校二の冬であるだろうか)というものの感触を残す。

 

番号もその名も確かにわが娘なり茫と佇ちたりわれのみの静寂

 

これは娘の合格を確認しに行った場面。おそらく家族を代表して作者が一人で出向いている。一連は〈おそらくは不合格確認に乗る電車周りの客は楽しげにして〉〈発表へ走りゆく若きは誰も誰も吾娘より賢く逞しく見ゆ〉というような歌が並んでいて、この合格は予想外のものであったのだ。ここでも「われのみの静寂」というシンプルな表出が際立っていて、父親ってものの無条件の愛情みたいなものを感じてしまってちょっと泣けてくる。こういう家族の出来事を詠みこんでいくのは往々にしてつまらなくなりがちなのだけれど、この歌集においては生活に対する一途さのようなものが家族の歴史の一つ一つの大切さというものを思い起こさせるのだ。それは一方では鉄鋼マンとしての作者の生き様によって家族と企業という時代の典型を真っ向から詠っているためでもあるだろう。ある意味では山﨑豊子を髣髴とさせるようなドラマ性のなかで、しかし、この歌集にはそのような典型を生きることのリアルというものが息づいているのだ。同時に、鉄鋼マンという側面から描き出される時代の断面がこうしたリアルにひとつの強度を生んでいるようにも思う。

 

集中には「三池閉山」という一連がある。

 

東京が安保に揺れる´60年三池は石油と資本に挑みき

二万五千労働者と一万の警察が対峙の日あり貯炭場(ホッパー)をめぐり

´60年のストライキに唄ふ人は無し「炭坑節」は平和なる歌

一瞬に四百五十人逝きし夜中学二年の慄き今も

席一つ空いて授業の始まりき炭塵爆発秋冷えの朝

 

三池炭鉱は、熊本県荒尾市に所在し、1997年に閉山している。平山公一の故郷である。1963年に戦後最大となる458人の犠牲者を出した三井三池三川炭鉱炭塵爆発の事故は今でも知る人は多いと思うが、平山は当時に14歳であったことになる。地元の鉱山でそのような事故が起きたというのはどれだけ深刻なことであったか。「席一つ空いて授業の始まりき」というのは、クラスメイトの一人も事故に巻き込まれたのか、あるいは、その家族が犠牲になって忌引きや引っ越しを余儀なくされたのか。いずれにしてもその時、「席一つ空いて」いることをクラスの誰もが意識していたのであり、それは40年後の平山の記憶の中に鮮明に残っているのである。そのような平山のルーツを思うとき、自らも製鉄業という近い職種に生きることの選択には様々な思いもあったはずである。
こうしたことを踏まえてもう一度冒頭の一首に戻りたい。

 

溶鉱炉百八メートルの頂に製鉄所三百万坪を瞰る

 

狭い日本列島のなかで、私が見たことのない光景があること。サラリーマンとしての典型を生きながら、一方でそれは製鉄業という戦後日本を支えた特殊産業に勤務することでもあったこと。私に製鉄業に対する知識がほぼ皆無であることはこの歌集を読むうえで非常に残念なことで(たとえば、〈現在(いま)の世に百グラム四円で買へるものH形鋼、異形棒鋼〉こうした歌の具体の強さや含蓄、「四円」という価格に対し私は正確には理解することができないので、ぜひ1月17日の生沼さんの優れた鑑賞を参照されたい)、知っていればもっと読みごたえがあるはずだと思うのだけれど、知らないからこそ明らかにされる戦後日本の断面がこの歌集にあることもまた事実である。