生沼 義朗


篠弘/モンブラン銀のシャープの黒ずみをひと夜すがらに磨き上げたる

篠弘『司会者』(2019年・砂子屋書房)


 

篠弘の最新歌集の一首。第10歌集となる。2014(平成26)年秋から2019(平成31)年春までの作品578首が収められている。一風変わった題名は、公的な会議に出ることが多かったところから来ているようだ。

 

掲載歌は、歌集掉尾の「冬の光景」7首の4首目。意味内容は明瞭で、モンブランのシャープペンシルを夜通し磨いた。「銀の」は銀製のという意味で、銀製品は経年とともに人の汗などに含まれている硫黄と反応して硫化銀に変化するので黒ずみが生じてくる。それをクロスか何かで磨き上げて黒ずみを取る何気ない行為に見えるが、長年使い込んでいるシャープペンシルなのだろう、だからこそ時間をかけて磨き上げているのである。むしろ磨いているうちに時間を忘れていたのかもしれない。いずれにしてもここには人生の蓄積がもたらした豊穣な時間が漂う。モンブランのという限定も重要で、単にシャープペンシルの性能の良さや高級品を示す語ではなく、モノに対する愛着や矜持が見て取れる。そしてその矜持は歌や文章を書くことで表現してきた人間の矜持にもつながっている。掲出歌の次の歌は

 

 

やはらかに4Bの芯は黒光り鉄のかをりす皿にそろひて

 

 

という歌で、「芯」はシャープペンシルの替え芯だろう。「4B」はかなり濃くやわらかい部類の芯で、おそらく日常的に多くの書き物をするためなめらかに書けて手が疲れにくい4Bを使っていると想像する。「皿にそろひて」からは几帳面な性格と筆記量が相当のものにのぼることが察せられる。「やはらかに」「黒光り」「鉄のかをりす」は表現的には一見なくもがなに思えるかもしれないが、文章を書きながら眼の前の実在を確認している手応えが感じられ、前の歌の矜持と共鳴する。

 

 

小竹町あたりの地主はみな篠家弓矢をこなせし武士集団か

 

 

掲出歌とは全然毛色の違う歌だがこれも歌集後半の歌で、「短歌研究」2018(平成30)年1月号の「平成大東京競詠短歌」で掲載された一連である。このとき篠が担当したのは練馬区で、歌集における一連の題もずばり「練馬区」だ。掲出歌には「武蔵の七党に入ると言われる。」の詞書が付される。武蔵七党は、平安時代後期から鎌倉時代および室町時代にかけ武蔵国中心に勢力を伸ばしていた同族的武士集団の総称だ。小竹町は練馬区の東部に位置する地名で、年譜によると篠の父親の出身地らしい。この歌にも自分のルーツをたぐる手触りと矜持が滲み、興味深かったので挙げた。ちなみに「小竹町あたりの地主はみな篠家」は事実である。なぜ知っているかというと、実は妻の旧姓は篠で、小竹町には篠家が多く在住しているからだ。ちなみに篠弘と妻に直接の血縁関係はない。