生沼 義朗


井野佐登/読みさしの歌集を置きて夜のほどろレセプト点検始めたりけり

井野佐登『自由な朝を』(不識書院・2019年)


 

井野佐登(いの・さと)は長年医師として活動し、現在は愛知県の蒲郡市で地域医療に従事しているという。歌人としては1975(昭和50)年に「まひる野」に入会し、窪田章一郎に師事。以来40年以上の歌歴を持つベテランで、『自由な朝を』は第6歌集である。

 

掲出歌には「レセプト(診療報酬請求書)」の詞書が付される。レセプトは詞書にある通り診療報酬請求書のことで、これを国民健康保険や各種健康保険組合などに提出することで診療報酬を請求する。医療機関にとってはこれによって得る報酬は、患者が窓口で支払って得られるお金の倍以上になるため、レセプト業務は医療事務の多くの部分を占める、重要な業務のひとつである。

 

病院や医院は規模の大小に関わらず大抵受付にひとりは職員がいて、通常はその人が診療報酬請求業務をする。具体的には、窓口会計業務と並行して診療報酬専用のソフトに診療内容を入力すると、窓口会計の計算や処方箋・領収書・明細書の発行などまで連動している。そして1ヶ月に一度、組合や自治体に診療報酬を請求するためのレセプトを作成する。しかし人間には間違いがあるから、入力された情報がすべて正しい保証はない。医療事務の担当者が誤って入力したような単純なミスだけでなく、病名と診療内容や処方薬などの整合性が取れていない場合もある。だからこそ医師である作者自身がレセプトを点検してゆくのである。そして作業はどうしても診察時間外となる。

 

一連の他の歌を読んでも一首の背景は明確には描かれていないが、おそらく自宅で夜中に歌集を読んでいたがそれをいったん置いてレセプト点検作業を始めたのだろう。「夜のほどろ」は夜の明ける頃を指す語で、万葉集の巻4・755番の大伴家持の歌に

 

 

夜のほどろ出でつつ来(く)らくたびまねくなれば我(あ)が胸断ち焼くごとし

 

 

という歌があり、歌意は「夜明けにお別れすることが度重なるにつれ、あなた恋しさに胸が張り裂けそうです」だが、この「夜のほどろ」と同じ用法と見て間違いない。「歌集を置きて」の「て」はこの場合助動詞「つ」の連用形で動作や作用の完了を表すが、一方で「~したから~となった」のような出来事の段取りや物事の因果関係を匂わせてしまうことがある。今回の「て」はもちろんきちんと計算されたもので、時間や作者の意識の切り替えを明確に可視化している。結句の「たりけり」も文語本来の意味で言えば、完了または継続した状態を回想して述べたりその状態に今気が付いたことを表す言葉なのだが、掲出歌では作業に入る決意が見て取れる。掲出歌の次の歌に、

 

 

おやつなりし烏賊煎餅が烏賊の香を院長室に籠もらせてゐる

 

 

という歌もあって、連続する場面とは読まなかったが、院長としての仕事を描いている意味では共通する。「烏賊煎餅」は自分で買ってきたものよりは、誰かから貰ったものと想像した。仕事の合間の何気ないひとときと院長室という空間を描きながら、ちょっとユーモラスだが紛れもなく生活に根ざした詩があって、人間が働いて生活の糧を得る工程の哀しさまでもが滲んでいる秀歌である。