吉田 隼人


へーゲルを読みたる夕は三分計り熱あがりたり止めんとは思ふ

 松下武雄『山上療養館』(コギト発行所発行:昭和14年)

 

作者は京都学派を西田幾多郎から引き継いだ田辺元のもとで学びつつ、日本浪曼派の母胎となる『コギト』に参加した一人で、結核で夭折した。その遺歌集から引く。

読んでいたのは『論理学』か『法哲学』かそれとも『美学講義』か。しかしやはり若書きの『精神現象学』であってほしいような気がする。このころはまだ邦訳はおろか、研究を大きく進めることになるジャン・イポリットの仏訳もないから、ドイツ語の原書で。旧制高校出身者のドイツ語への愛着と読解力の高さというのは後世の者たちにははかりかねるものがあるが、たどたどしくも辿っていって、興奮を覚えるのは『精神現象学』だろう。手に取ってしまえば、ちょっとやそっとで読み終わるような書物ではあるまいに、なかなか手放すわけにもいかなくなってくる。やめられないとまらない。

二十歳の夏、長期休暇でがらがらの図書館にこもって、むろん邦訳で『精神現象学』を読んだ。画期的に読みやすい評判の長谷川宏訳でも何がなにやらわからず、もちろん読み切れようはずもないので借りて持ち帰った。その夜、寝ていると一言もわからないドイツ語でヘーゲルが話しかけてくる。困惑しながらわめいているうち目が覚め、ひどい吐き気がすることに気付き、そのまま高熱を出して一週間以上寝込んだ。興奮のせいばかりでなく、その年ひどい騒ぎを起こした新型インフルエンザのせいだと後でわかったが、あれからどうもヘーゲルを手に取るのが恐ろしいような気がしてならない。