道券はな 『too late 2』 2020年
「too late」は未来短歌会に所属している門脇篤史、道券はな、森本直樹による同人雑誌。年一回の発行をめざして創刊し、今年は2回目。
引いた歌には新印象派の画家の名前がはいっており、澄んだ印象があって立ち止まった。ここでのあなたは恋人と思いたいが、あまり近しい感じはなく、まだ恋人以前のような初々しい雰囲気もある。二人で回った美術館から出て、さてどこかのコーヒーショップで少し休もうかといった場面であろうか。先に入ったあなたが空いている席を探している。それを私は少し離れて眺めている。その距離は、こころの距離でもあり、淡い思慕のなかにうっすらと孤独の香りも滲んでいる。
空席を探すという行為のあてどなさに、未来への期待や不安が混ざり合ってどこか切ない。歌の主語はあくまでも淡い陽であり、それがあなたを「ジョルジュスーラの絵にしてしまう」というとき、二人の関係がふっと淡い陽ざしのなかに溶けてしまうような危うさもある。しずかな相手への気遣いがあり、主体の情念はつつましく隠されている。そうした葛藤する愛の想念をスーラの点描画にそっくり比喩することで可視化している。相手の姿はスーラの絵の登場人物のように光の粒に分散され、現実離れしてゆく。ここにはまだ距離を測りかねている心がゆれていて、それが絵のように憧れに転じていく時間があり心に残る歌になった。
さしだしてしまいたかった肉と骨に覆われているこの夕闇を
連作の掉尾にはこんな歌がある。「愛がことのほかにもまして困難なのは愛が高まってくると、自分をすっかり投げ与えようとする衝動が起こってくるからです」というのはリルケ。愛するとは愛されるままになること、多少ともだれかの自由になるのを受け入れなければならない。そこに愛することの困難も幸福も同時にやってきて、さらに深い孤独を覗いてしまうのだろうか。だれかを愛するとき、できるだけ相手からなにも奪わないでいたいと願うこと。ほんとうにだれかを愛するにはどうすればいいのか。いつも人は愛に混乱させられてしまう。