きみはきみばかりを愛しぼくはぼくばかりのおもいに逢う星の夜

村木道彦『天唇』(引用は『現代歌人文庫 村木道彦歌集』国文社、1979年による)

 大学一年か二年のころ、すっかり村木道彦に参ってしまった時期が存在する。そのころ身体論をかじっていたので、ラカンやらメルロ=ポンティやらバルトやら生かじりで引用しながら、村木道彦について勉強会をやったのを覚えている。福島泰樹氏もフッサールと並べてゼミで村木道彦の歌を取り上げたそうだから、甘い恋愛歌というだけでは終わらない哲学的魅力のようなものがあるのかも知れない。

掲出歌は自己愛といってしまえばそれまでだが、他人への愛も結局は自己愛に回収されるのではないかとか、理屈っぽく考えたがる盛りの恋人たちにとって、どこまで行ってもぼくはぼくの、きみはきみの似姿にばかり会うことになるのではなかろうか。恋人たちがいるのに互いにまぐわうことなくマスターベーションをしているような倒錯感が、そのころ妙に真実めいて感じられたのだった。