岩尾 淳子


あそぶごと雲のうごける夕まぐれ近やま暗く遠やま明し

           齋藤茂吉  『つゆじも』 1946年

新型コロナウイルスのパンデミックのなかで、100年前のスペイン風邪のことを思った。そのときはどんな歌が詠まれたのか気になって茂吉の歌集を読み直した。『つゆじも』は多忙のため、創作時期から20年以上経てから出版されている。

1918年から20年にかけてパンデミーとなったスペイン風邪は、1918年には既に日本へ上陸し、全国に猛威をふるった。茂吉は当時、長崎病院精神科部長として勤務していたが、長崎でも大流行していた。1920年1月6日に発熱、肺炎も併発し、「はやりかぜ一年おそれ過ぎ来しが吾は臥やりて現ともなし」と生死も危ぶまれて絶望する歌を詠んでいる。その後、スペイン風邪は平癒したものの体力の衰退により、細菌性の結核に感染し、ふたたび秋まで療養生活を余儀なくされている。

掲出した歌は、同年7月28日、雲仙温泉で詠まれた。前日までは歌友、島木赤彦がはるばる東京から見舞いに来ている。一晩を親友とともにして気持ちも高揚したことであろう。この歌からは、療養中であるにもかかわらず、病気への愁いや死への恐れと言ったネガティブな感情は前にでてこない。どちらかというと、東京を離れて暮らすことからの流離の思いや、異郷の風物に接して、解き放たれた気分で明るく感情を生動させている気さえ漂っている。

歌を読むと、ひろびろとした空間造形のなかに、繊細な感覚でとらえた山の陰影をなめらかなリフレインで流し込んでいる。茂吉らしい大らかな韻律の中に、清新な感覚がきらめいているようにみえる。山はこの歌人の原郷でもあるのだろう。自意識から離れて雲や山に向かう幸福感が伝わってくる。それにしても、みずみずしい自然への賛歌を病いの身であってもおおらかに詠んでいることに驚く。

結局、茂吉はこのときの病気がもととなり、腎臓を悪くしたまま晩年にいたっている。ただ、この後の圧倒的な歌業をみると、この人は病気をも生として取り込んでしまえる精神性を手にしているように思える。あるいは、病気も自然のひとつとして飲み込んでしまう深い洞をかかえていたのだろうか。その混沌とした内部のふかい奥行きをつい思ってしまう。

1920年8月1日
安息をおもひて心みだれざりふもとの山に紅き日かたむく 『つゆじも』