うすぐもる青葉の山の朝明にふるとしもなき雨そそぐなり

              西園寺公宗「風雅和歌集」 夏歌  311

 

詞書に「夏の朝の雨といふ事を」とある。 風雅和歌集を詠み継いでいてふと目に留まった。

朝起きて、空がすっきり晴れていることに越したことはないが、こうした雨の朝のほうが気持ちが落ち着くということもある。そんな「夏の朝の雨」をこのうえなくしめやかに読み流していて心に沁みる。

うすぐもる青葉の山の朝明けの、という入り方は言葉がなだらかで力が抜けているので、まずは響きがよい。照りつける青葉の山ではなく、ここでは、うすぐもりのやわらかなひかりに包まれた夏の山。夏だから明けは早いけど、朝焼けにはならないまま、なんとなく空が明るんでゆく時間の移ろいがなめらかな言葉の連接から伝わってくる。

外に目をやれば、それほど強くもない雨がつややかな青葉をしっとりと濡らしている。ただ、それだけのことだけど、下句の「ふるとしもなき雨そそぐなり」は行き届いた雨の描写と思う。無駄な言葉を差し込まずに、ただ雨だけに集中していいおさめている。うすぐもりの優しい光線、しめりをおびてゆく山の青葉、雨の朝の時のうつろい、すべてがみごとに調和して叙景されている。

ここにはなんでもない風景をみつめる静謐な観照のまなざしがある。そして、簡素に言葉を制御することのできる相当の鍛錬があったかにみえる。諦念とまではいかないけど、沈潜した心境が透けて見えるようだ。雨の朝をこんなに平明な言葉で詠めるのはどんな人だろう。

西園寺公宗はかの永福門院の父、実兼の曾孫にあたる。そのことから推察すると永福門院を典型とする京極派の歌風のなかにいたのだろうか。建武元年(1334)に後醍醐天皇暗殺の企てが発覚し、出雲に配流される途中に処刑されている。政治的には不運がかさなったらしい。