忽然と秘密は解けるトイレットペーパーの芯あらわるる朝

                 竹内亮 (同人誌 『半券』2号  2020年)

 

 

トイレットペーパーはご存知の通り、紙によって幾重にもくるまれている。使途から離れてみると、まるで魔法か忍術の秘密の巻物だ。どれほどのすごい秘密が明かされるのかと期待する。ところが、ほどいてほどいていった果てにあらわれた芯は、なんと筒抜けの空洞である。

そう、この世界に「芯」というものがあるとしたら、それはただ空無であるのかもしれない。それをトイレットペーパーの終焉によって、気づかされたとしたらどうだろう。まさに、その瞬間は「忽然と秘密が解ける」感覚に触れてもおかしくない。しかも、やはりそれは清浄な朝でなくてはいけない。

ここまで書いて、トイレットペーパーにこれほどの妄想を抱く人なんているはずがないとも思う。しかしながら「芯あらわるる朝」というフレーズがやけに輝いて思える。というのも、なんの芯であれ、芯であるかぎりは、現実の雑事の果てに隠されている本質そのものを指しているようで、どこか神聖な感じをまとっている。この歌は、生活のもっとも身近なところに、聖なるものをみることの、つまりは視点を変えることの楽しさを教えてくれる。

 

千種創一

マスクしない乞食が寄って来たときに咄嗟に逃げた心だ、これが

 

作者の在住する中近東の苛酷な状況が背景に透けて見える。ただ、このコロナ危機の状況にあって、だれしもが生命を脅かされる恐怖を感じる場面はあるだろう。そのときにどんな反応をするのか。その恐怖とは別に、ここでは、マスクしない乞食、というあきらかに生活の格差が見える中での、自らのなかに根付く差別意識を厳しく批判しているように思える。マスクしていないことで攻撃的に怒りをぶつけるのではなくて、「とっさに逃げ」たこと。その「心だ、これは」という表現には、その保身の行動を卑劣なものとして感受して、悔やむナイーブさが見えて、そのあらわな表出に胸を突かれる。

 

藤本玲未

追伸と追悼のごとたなびいた煙が春の写生に残る

 

追伸も追悼も、鳥の飛び去ったあとの空のように空虚なものが響く。それでいて、終わったものを懐かしむような優しさを秘めている言葉でもある。過ぎ去ったものとの淡い絆をほのめかすような温もりがある。それを比喩として、春の写生に落とし込むところ、季節感とあいまって、美しいひびきが生まれている。

 

あと、印象に残った歌を挙げます。

 

とみいえひろこ

そう、ここできみを立たせて何もない晴れた日写真を撮ったんだった

 

山本夏子

どんなことも言えばよかった満月の模様はすべて傷なのだから

 

高田ほのか

泣くために常備されてる冷蔵庫のいちばんうえに小岩井ヨーグルト

 

原田彩加

きみにいいともだちがいてうれしいと木香薔薇は花を咲かせる