試されることの多くて冬の街 月よりうすいチョコレート嚙む

鯨井可菜子『タンジブル』書肆侃侃房,2013年

 

冬の街には起伏がある。

十二月に入ると街はイルミネーションにいろどられて、高揚感が増し、浮き足だつ。居酒屋やレストランは妙に混み、デパートのディスプレイは豪奢になる。クリスマスを越えると年末年始に向けて少しだけ雰囲気は落ち着くけれど、活気は増してゆく。年が明けると初売りがあり、セールがあり、そしてバレンタインデーに向けて華やかな雰囲気は続いてゆく。
四季のうち、冬の街が一番華やかな顔をしているような気がする。その華やかさに順接に乗ることができればなんていうことはないのだけれど、乗れないときには少しだけしんどさを覚えたりする。冬の街には、その華やかさにお前は乗らないのかと迫られるような圧がある。

上句の解釈、特に「試される」の解釈にはたくさんのルートがある。冬の街に対して思い浮かべるイメージにはずいぶんと個人差があるだろう。「試されることの多くて」で軽く切れて、初句二句と三句のつながりは淡いのかも知れない。試されているという主体の感慨に対して、冬の街が華やかなイメージを引くとすれば対比的に描かれるし、冬の街がくすんだイメージを引くとすれば相乗的に描かれる。いずれにせよ、印象的な上句だと思う。
下句の「月よりうすい」はすこし不思議な表現だ。月は薄さを体現しているわけではない。だけれども、地球から見て平面に見える月を薄いと捉える感覚には不思議な納得感があるし、チョコレートがより薄く感じられる。また、月が口もとにあるイメージが起こされることで、チョコレートを噛む一瞬だけあたりが童話めいて感じられる。
暗闇に浮かぶ月。その月を食べ終えれば暗闇だけが残る。「試されることの多くて」という初句二句がうっすら響いて、少しだけ仄暗い読後感が残る。〈噛む〉ではなく〈嚙む〉という字が選ばれていて、月が粉々になってしまうような力を感じる。

冬のさなかに薄いチョコレートを主体は噛み砕く。街の喧騒を思うと、その一瞬はしんと静かだ。

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