岩井 謙一『光弾』(雁書館 2001年)
結句の「水ヲ下サイ」から、この「二つの光」が、広島と長崎の上空で炸裂した原子爆弾の光であることが推測される。「水ヲ下サイ」は、一瞬のうちに何千度もの熱線を浴びた人々が、熱くて水が欲しくて、口々に訴えた言葉そのものだろうが、私たちにこの表現が沁み透ったのは、文学作品によってであった。
原民喜の詩。「水ヲ下サイ」は、原の「原爆小景」という連作の中の一つの詩のタイトルである。
水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
オーオーオーオー
オーオーオーオー(後略)
(『原民喜全詩集』岩波文庫)
こちらは、教科書にも収められ、また、合唱曲などにもなっている。
そこから、「水を下さい」が「水ヲ下サイ」になる時、「被爆」の文脈に置かれることが認識された。掲出歌は、その共通的な概念をベースとして詠まれている。典故を引き継ぎ、膨らませた歌なのである。その漢字カタカナ交じり文は、こちらをかつての時代に一気に連れてゆく。
上句の、「今も宇宙を走りゆく」光については、実際にそういうことがあるかもしれないという科学的な捉えと、比喩としての象徴的な捉えとの両面とが影響し合っている表現だと感じる。
もっとも、科学的な実際のことはわからない。が、今も光が走るほどに爆発の威力が凄まじかったということ。何もない宇宙空間なら、光は光のままで進み続けるのではないかということは思われてくる。そして、人類の進化の方向性は間違ってはいないのか、そんなことも心に浮かんでくる。
それから、比喩として「光」を読めば、「今も~走りゆく」とは、原爆投下から78年経つ現在も、この出来事が終わっていないことを表していよう。苦しんでいる方々、二世、三世、また、次世代として記憶を継承し、後世へ伝える方々……。
「今も」の「今」は、歌が作られた時点にとどまらず、読み手が受け止めた「今」ということになっていく。
また、一字空け後の「水ヲ下サイ」ではあるけれど、これを「二つの光」と直接的に関わらせて読めば、この二本の光は原爆で亡くなった方々そのものであるとも言える。その方々の命、魂、願い、そういうエネルギーが光となって飛び続けている、「水ヲ下サイ」と言いながら。
だが、どこにその願いを満たすだけの水があるというのだろう。水惑星地球を飛び出し、水を求めるということ。水を湛えた星はあるのか。どこに。
久遠の渇き、尽きることのない渇きが宇宙を進み続ける。
そんな切なる永遠性、そして広大な宇宙の空間性。そういうはるかなところに一首が浮かんでいる。
そうして、冒頭に行き着く。
この歌は広く読まれているが、それは、「おそらくは」から詠い起こされていることと関わりがある。「おそらくは」の何気なさ、謙虚さが、歌をしなやかにする。そして、想像する余地をすっとつくる。「おそらくは」は想像を生む言葉だ。
改めて思う。この歌は、想像の歌である。凄惨な出来事に立脚しながら、人間の想像力を引き出す歌なのである。その可能性を。
「おそらくは」があるからこそ、私たちの脳裏に光が見えてくる。二すじの光が。