『ひかりの針がうたふ』黒瀬珂瀾
幼子がいる。まだ歩けない幼子が、光の漏れてくる方へ懸命に這っていく。それを「闇の端より」見つめている者がいる。生れ出た命は、それが目指す希望のように、明るい方へ、明るい方へと這っていく。「ひとつぶの命」の不思議さを、驚きと感動をもって見つめているのは、若い父であろう。光と闇とによって、この世にあらわれた生命を、そして父と子を映し出す神話のような構図がここにある。とすれば、「闇の端より」見つめている眼とは、あるいは神に近い眼ともいえようか。
「言葉を五つ児が覚えたるさみしさを沖の真闇へ流して帰る」。はじめに言葉ありき。どんな言葉を覚えたかは不明ながら、それは児の独立のしるし。生れた児を通して、人間と世界の関係の原初を見つめる父の姿がここにもある。