野の雨に揺れたつ朴のくらぐらと一つの花が大きくありし

河野愛子『魚文光』(1972年)

朴は、車座にひろがる葉の上に、やや黄味がかった白い花をひらく。
上向きに咲く、その大きな花は印象的で、歌にもよく登場する。

ここでは、ひろやかな野に降る雨に揺らぐ朴がうたわれている。

美しい抒情を感じさせるうたい始めだ。そして揺らぎと翳りを加えられた花は、最後に大きく読者の前にアップにされる。

やわらかい白一色の中に、よい香りが漂いながら、蘂がそそり立つさまが目に浮かぶ。
「ありし」と過去形になっているので、その花を思い返していることになる。

この花は何を表すのだろう。

何か象徴的な感じもするが、陰影ある美しさを静かに思い返し、そこに何らかの心情を重ねるらしいと思う。

それ以上を分け入ることなく、この感じをそのままに味わいたい。

歌は狭い共感を読者に強いることなく、そのようにしてしばらくを歌の中にいることを許してくれる。

・日もすがら馬柵(うませ)はぬるる霧ながら浮びて朴の花白き空