わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち/わたしたち /わたし

今橋愛「短歌WAVE」創刊号(2002年)

*改行を/で示す

 

短歌は寛容な詩型だ。五七五七七の形式が唯一のルールだといいつつ、形式から大幅にずれたものでも、「短歌です」と作者が差しだせば受け入れる。このことを私は、入門者時代に初めて買った総合誌「短歌WAVE」創刊号で知った。そこには「第1回北溟短歌賞受賞作品・100首」として、冒頭に掲げた一首を含む今橋愛「O脚の膝」が載っていた。

受賞から十一年を経たいま、あらためて一首を見てみたい。誌面ではつぎのように多行書きで表わされる。

わたしたち
わたしたち
わたしたち
わたしたち
わたしたち
わたしたち

わたし

ことばのメッセージは明快だ。「わたし」とは何か、を問いかけている。あれこれ説明せずに、「わたしたち」「わたし」の対比でそれを示す。意味はむずかしくない。だが、何もいわれなければこれが短歌だと思わないし、「短歌です」といわれてもすぐにはそう思えない。なぜ短歌なのか、詩ではないのか。山村暮鳥の詩が思い浮かぶ。

 

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな  山村暮鳥「風景」冒頭の一連

 

しかし、短歌として差しだされたからには、今橋の作は短歌なのだ。詩として享受するなら、改行の場所で切って読めばいいが、短歌として享受するときは、五七五七七に当てはめて読むことになる。〈わたしたち/わたしたち わたしたち/わたしたち/わたしたち わた/したち わたし〉と、5・10・5・7・6音に切って、一首三十三音。いちおうアリバイとしてやってみました、という徒労感がなくもない。作者はこう腑分けされるつもりで提出したのかどうか。だが、五七五七七が短歌のたった一つのきまりである以上、腑分け作業は避けて通れない。五七五七七に分けして読んだとき初めて、ことばの連なりは短歌となる。

 

七階からみおろす午後の がらくたの あのごみどもの 虫けら達の ああめちゃめちゃの東京の街                       加藤克己『宇宙塵』

あかときの雪の中にて 石 割 れ た        『球体』

 

わが道を行くことにかけては今橋愛に負けるとも劣らない加藤克己の作品だ。一首目は四十六音、二首目は俳句と同じ十七音を数える。どちらも『現代の短歌』(高野公彦編 講談社学術文庫)に収められており、短歌界が二首を「短歌として」評価したことを伝える。かたや今橋愛は、北溟短歌賞の選考委員に「すごい才能があると思う」(水原紫苑)、「こんな人、二人いたら驚く」(穂村弘)と評価され世に送りだされた。わが道をとことん極めてほしい作者だ。

 

今橋の一首は、もしも作者が「詩です」としかるべき場へ提出していたら、詩として享受されていただろう。そういえば、小説のつもりで読んだ伊藤比呂美『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』が、その後萩原朔太郎賞を受賞し、あれは詩だったのかと虚をつかれたことがある。もしも伊藤比呂美が自作を『小説とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』と名付けていたら、どうなっていたのだろうか。

 

中身とジャンル名の関係は、ひとすじなわではいかない。作品を何と銘打って差し出すか。書き手がある作品を「短歌です」と差し出せば短歌になり、「詩です」と差し出せば詩になり、「小説です」と差し出せば小説になるという、そういう作物は、あるだろうか。

 

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