吉野 裕之


あなたにはあなたの雲の数へ方ある 新しい眼鏡が似合ふ

目黒哲朗『VSOP』(2013年)

 

目黒哲朗の『VSOP』は、2000年に上梓された『CANNABIS』に続く著者2冊目の歌集。20代だった青年は、すでに40代。この間の13年を思う。

 

今年また雨水のひかり〈東京にゐた頃〉といふ痛み遥けし

その先に神在るごとし地(つち)ひくく蟻は動かぬ蟻を運べり

叫びたい言葉ひとつも見つからず深夜の交差点を渡つた

ぎこちない暖簾のくぐり方だつた四十歳を意識したとき

薔薇園へ地図を頼りに来たりしが入口でまた地図をもらひぬ

糸電話口にあて耳に押しあててやがて静かに少年は置く

夕凪の海へこころを歩ませるあなたのゐない世界は広い

 

この穏やかさが、目黒なのだ。むろん、日々の生活は穏やかなだけではない。この間に、師・齋藤史も亡くなっている。「齋藤史先生がお亡くなりになって、十一年。いまなお私は、先生に歌をお読みいただきたい思いでここに至っております」(「あとがき」)。

さまざまな思いを、しかし目黒は自らの文体で捉え、昇華していく。だから、思いはけっして逃げない。

 

人類がマウンドに老ゆ野茂英雄投手帽子を取つて汗拭く

ラジカセに電池を詰めてゐた夏の雨がもつとも激しかつたか

「ひぐらし」と息子が言へりわたしには比喩に汚れた意味がのこれり

月あまく傾いて来よ長靴を履いて自由になつたわたしに

紛失届書いて小窓に差し出しぬ詩としては推敲が足りない

 

むろん、すべての思いが十分に昇華されるわけではない。穏やかでありながら、しかしそれとは別の何かが、確かに読者に届く作品。だから、読者は目黒を信頼できるのだ。

目黒は、低く構えを取る。だから、ささやかなもの/ことを感受できる。ささやかでも、大切なもの/ことはたくさんある。目黒は、それを知っている。

 

あなたにはあなたの雲の数へ方ある 新しい眼鏡が似合ふ

 

「あなたにはあなたの雲の数へ方ある」。雲を数える。いいなあ、と思う。雲を数えるって、なんだか素敵だ。暖かな気持ちになる。日常がそんな時間ばかりだったらいいのだけれど、なかなかそうはいかない。あなたは、恋人か妻か、あるいは別の親しい人。いずれにしろ、自分とは違う雲の数え方があるという。

理屈をいうと詰らなくなってしまうが、それは「あなた」に自身の方法があり、〈私〉はその方法を認めているということ。「新しい眼鏡が似合う」。自身の方法をもった人だから、その人が選んだ新しい眼鏡は、よりその人=「あなた」に似合っているのだ。

ここにあるのは、「あなた」への敬意。そして、「あなた」も〈私〉に対して敬意をもっているはずだ。だからこそ、自身の方法を披露するのだと思う。

 

なんて小さな扁桃腺を腫らしつつ息子は握るトミカの緑

かなへびが恐竜とどう違ふのか葉擦れのごとく息子が問へり

自転車の籠で運べば三歳の娘(こ)の生意気よ花束のやう

秋分の日の助手席に娘ゐて小石のやうにしやべり続ける

横浜の夜景忘れずありたしよこの子ら大きくなつてしまふよ

 

息子や娘への視線もやさしい。自然体の距離感が、「あなた」への敬意と変わらない。