火照る肉と痛みの腸(わた)を脱ぐがよし姉よ花野へ発つ時刻なる

小黒世茂『猿女』(2004年)

病に苦しんでいる姉。鎮痛剤によってもうろうとしている姉。
看ているものは、ただ励まし、見守るしかなく、つらい。
けれどほんとうにつらく恐ろしいおもいをしているのは、姉なのだ。その事実からこの作者は眼をそらさずに、むしろ引き受けてきた。その姿は、「脱ぐがよし」という呼びかけからも想像できる。

「姉よ花野へ発つ時刻なる」。
この壮絶な呼びかけに胸をうたれる。
生命の糸がゆるんできたことが明らかになった瞬間。動かなくなった胸。
ここからさきが「花野」なのかは、ほんとうのところわからない。
けれど、あんなに苦しそうだった姉が冷たくなっていくそばで、作者はたしかにそうおもったのだ。やすらかな顔。

「脱ぐがよし」はさらに、魂だけとなった姉の肉体へのある静かなおもいも表す。
肉体、つまり目に見えるものへの潔く美しい訣別を、この表現に感じるのだ。

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