魚村 晋太郎


風呂の湯は素数に設定されていて私は1℃上げてから出る

吉野亜矢『滴る木』(2004年)

素数とは、1とその数自身以外に約数を持たない数のこと。
つまり1とその数自身以外では割り切れない数。
風呂の温度であれば、41度、43度、47度、といったところか。
42とか48というような約数が多い数にくらべて、どこかつんとして、とっつきにくい印象がある。

主人公の後から風呂に入るのは誰か。
父や母、ということも考えられなくはないが、やはり恋人だろう。
一緒に住んでいるのか、そうでないのかはわからないが、関係のういういしさが、主人公の、ぴんと張り詰めたような意識から感じられる。
毎日の習慣になっているとしたら、こんなふうには詠わないはずだ。

設定されていて、というのは、相手がその温度に設定したとも読めるし、ふだんはその温度に設定されている、とも読める。
設定温度と体感温度は違うので、寒い時期にはすこし高めに設定したりする。
はじめは、素数に設定していたのは主人公で、すこしぬるいかな、と相手を思いやって温度をあげて出たのだと読んだが、最近、ひさしぶりに読んで、あ、違う、と思った。

相手の部屋でお風呂を使ったら、湯の温度が素数に設定されていた。
偶然なのだろうが、素数、というのが相手の性格にぴったりくるような気がした。
湯がぬるいとかではなく、素数のそのつんとした感じが、主人公にはちょっとしゃくに思えた。
あ、熱い、男にそう思わせたくて、主人公は1℃だけ温度をあげる。
そんなふうに読んだほうが、素数という言葉が生きてくる気がする。
恋人、とか、あなた、とか相手を指す言葉が使われていないのに、相手との関係が微妙に読者に伝わってくる。
ずいぶんムードのあるシーンなのだが、いやらしさが感じられないのも一首の魅力だ。