花山多佳子『空合』(1998年)
弟と姉はよく喧嘩をするのだろう。母はしょっちゅう「いさかひの声」を聞いている。
もちろんそのたびに家のなかは荒れ、いや~な気分にもなる。
めずらしく静かな日がある。
弟と姉。どちらかが吹きはじめた口笛。流行りの音楽だったのか、家族でよく聴いていた曲だったのか。かたほうもそれにあわせるように口笛を吹きはじめた。
ふたりの口笛が、家のあちらとこちらであわさる。
母は用事をしながらそれを聞いている。口笛だから耳をすまさないと聞こえない。
「とほくに揃ふ」とは口笛だからそんなふうに聞こえたのだろう。
静かな秋の夜長のしずけさも感じる。
なぜか母はさびしい。自分の生んだ子どもたちがいさかいをすると母は情けない気持ちになる。けれどこの歌のさびしさは、いさかいをされるときとは違うさびしさだ。
いさかいができるということは、お互いを遠慮なく曝すことができるということ。
その幸せな活気に、母は気づいたりもする。
それと同時に、ふたりの子どもの口笛を聞いていると、自分のなかの普遍的なさびしさが喚起されたのかもしれない。
さびしいけれど、さびしいままでいい。充実した家族の時間がながれている。