バス停に忘れしカバン取りに行けばわれを忘れて静けきカバン

伊藤一彦『月の夜声』(2009年)

 

あ、カバンを忘れた。スッと血がひくような思いで、中に入れたもののことが頭を駆けめぐる。

 

さて、ここにはどんなものが入っていたのだろう。
財布が入っていれば、お金よりもまずカードが気にかかる。書類は?これからの会議のもの、あるいは人から預かっているもの、今日が提出期限のもの……。ハンカチだって、妻が誕生日にくれたばかりのものかもしれない。

 

ともかく、急いでバス停にもどる。なかったらどうするか、そう思って見る先に、見覚えのあるカバンが、ある。

 

カバンはいたって静か。

 

わたしがこんなに慌てているのに、わたしのものであるカバンは平然としている。それにしても、いったいわたしのものであるカバンとわたしとの関係は?わたしの方から一方的につながっているのではないと思いたいが、カバンはカバンで完結している。

 

カタカナで書かれた「カバン」が醸し出すユーモアのなかで、人間だけかアタフタ、アタフタ。

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