大松 達知


新しきとしのひかりの檻に射し象や駱駝はなにおもふらむ

                             宮柊二『日本挽歌』(1953年)

 ことし一年間、この欄を担当します。よろしくお願いします。

 時代が変わっても、年があらたまって気持ち新たに迎える大気は格別なものだ。

 「らむ」は現在推量(今~しているだろう)。おそらく、作者は実際に動物園にいるわけではない。(前後に動物園詠はない。)かつて訪れた動物園のシーンを回想し、新年の陽光を重ねたものだろう。
 だが、「檻に射し」というきっぱりとしたリズムからは、目の前の光と、檻の影が現出してくるような力を感じる。ひらがなと漢字のメリハリの利いた表記もいい。

 新年という区切りは、もちろん、人間の勝手な決まりごとである。
 しかし、もしかしたら動物にも人間のように気持ちがあらたまる瞬間があるのかもしれない。そうした期待を込めて、「何を思っているのだろうか」と呟いている。

 ふつう、短歌では、ひとつの対象に焦点を絞ったほうがいいとされる。だが、この場合、「象や駱駝」と、ゆるやかに言っているところがいい。茫洋としているように見えるゾウやラクダという選択も、一首に大きさと哀しさを与えている。