こんなにも赤いものかと昇る日を両手に受けて嗅いでみた

山崎方代『こおろぎ』

 

朝日が昇れば、夜の闇は取り払われ、大気にもあたたかみが増してくる。いつも変らぬ光を地上に降り注ぎ、太陽は命をはぐくんできた。だから朝日はいろんな匂いを含んでいる。空の匂い、土の匂い、そして、命の匂い。

あかあかと染まってゆく、未明の空。朝焼けが目の前に広がる。自分に注がれる光を掬い取るかのように、思わず手を差し出した。それは、力みなぎる輝きにより、自然と促された動きだっただろう。両手には朝日が満ち、まるで匂い立つかのように思えた。

 

「赤い」という色彩、視覚を通しての感動から始まるこの一首は、結句で突然、嗅覚を通しての感動へと変わる。この大きな展開は、全身で感動を受け止める作者の姿を表している。共感覚、synesthesia(シネステージア)的と言ってもいい。

さらに、「嗅いでみた」という2音欠落の結句が、あたたかな光に向き合った感動をダイレクトに表現している。朝日に立ちつくし、両手を顔に近づけ、おずおずと匂いを嗅ごうとする。そんな忘我のさまが、この欠落には託されている。

 

  ある朝の出来事でしたこおろぎがわが欠け茶碗とびこえゆけり
  右左口(うばぐち)の峠の道のうまごやし道を埋めて咲いておるらん

 

甲府盆地の南部に位置する右左口は、方代さんのふるさと。小さいもの、大きいもの、近くのもの、遠くのもの。すべての命と向き合う歌が、読者の心に灯りをともす。どんな時でも毎日、朝日は必ず、変わることなく私たちを訪れる。

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