西村美佐子『猫の舌』(2003)
連作「化粧」から。
きちんと数を数えたことはないのだけれど、短歌の題材に化粧そのものを持ってくる人は、(日常的にお化粧している人の数からすれば)意外と少ないのではないか。たとえば口紅を塗った唇など、一部分だけをクローズアップすることはあっても、化粧水やらファンデーションやらハイライトやらとシャドウやらといった日常のあれこれを書いている歌は、あまり見かけないように思う。かくいう私も、たぶん化粧を歌にしたことはない。もともとおしゃれに興味がないせいもあるだろうが、なんというか、化粧に携わる私の自意識、のようなものが邪魔をする気がするのだ。
この歌は、そうした自意識を隠すこともなく、逆に飾り立てることもなく、「自意識のすべてが集ふ」とあっさり分析してみせているところに、不思議な清々しさを感じた。
自意識がぎゅっと詰まった顔という部分を、葡萄の粒に喩えているのも的確。別の連作には、
たつぷりの果汁を孕み身重なる紫黒きピオーネの房
この夜を満たすゆたかさ ピオーネの姿態ふた房皿に横たふ
という歌もあり、こちらは葡萄の持つ女性的な色っぽさを明確に描き出している。
連作「化粧」からもう2首引く。
うつとりとピンクの感触、国賊といはれやうともこのうつくしさはや
化粧(コスメティック)と宇宙(コスミック)
素肌といふ観念を色とりどりに化粧して近代の知恵は華やぐ
化粧品の魅力に身をゆだねる気持ちと、化粧というものを批判的に見つめる理知とが、融合しないままさらっと提出されているのが面白い。
編集部より:『西村美佐子歌集』(『猫の舌』を全篇収録)はこちら↓
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