生沼義朗


大澤サトシ/巻き返し出来ない程にひねくれた外反母趾も自分の歴史

大澤サトシ「三つ足の椅子に座って」(「フワクタンカ78」・2018年)


 

5月9日に1995年(平成7)生まれの同人誌「はなぞの」を取り上げたが、その際に、その年に40歳を迎えるあるいは迎えた歌人が競詠するコンセプトの冊子「フワクタンカ」に触れた。

 

「フワクタンカ」の初回はたしか2017(平成29)年5月に発行された短歌紙「フワクタンカ①」で、1977(昭和52)年生まれの7名、内山晶太、黒瀬珂瀾、齋藤芳生、田村元、盛田志保子、山内頌子、染野太朗がそれぞれ新作10首を寄せている。

 

申し訳ないことに「フワクタンカ①」および、同じメンバーによる続編である「フワクタンカ②」をどちらも持っているはずなのにどこかに紛れ込んでしまって見つけることができなかったので、今回は2018(平成30)年5月に発行された「フワクタンカ78」を取り上げることにする。

 

 

旋風でかき乱されて舞う砂へスプリンクラーの花冠よ開け  大久保一布
話すこと失つてゆくわたくしはいつかあなたの助けた電柱  岸野亜紗子
19XX(世紀末)不夜城(Sleepless City)をデジャヴュする蠅を弑する受胎告知(ブレードランナー)  桜井夕也
時鳥空音口笛、逢坂の許されざらむ緑陰の奥  佐藤博之
四十年生きたくらゐでいつたいなにが解るといふか珊瑚の化石  柴田香
霊園へ続くファミマの白菊を未知なるもののように眺める  スコヲプ
メモ用紙一枚でこと足りるこの人生だからこそ愛おしい  辻井竜一
列車よりも少し早めに歩き出すわたしではないだれかのために  中島裕介
紙コップ支へる片手に伝ひくるわが体温をゆまりといはむ  西之原一貴
運命をわかるのはむづかしいけれど昨日の鷺のことならわかる  西巻真
鉄棒は地軸 あなたが空を蹴るたびに地球はわずかに動く  伴風花
不眠症ぎみのスマホのせいでまた世界にうそが拡散される  東こころ
愛という陽射し一身に浴びて育つわたくしという観葉植物  丸山朱梨
活字中毒に効くくすり煉獄に売つてゐまいか問ひたし三島に  柳澤美晴

 

「フワクタンカ78」は、1978(昭和53)年生まれの15人それぞれの5首一連が掲載されている。各人の作品から一首ずつ引いた。作品を読めばわかる通り、作風のバリエーションは幅広い。実際、巻末の執筆者プロフィールを見ると歌歴も所属結社も幅広いが、「かばん」と「未来」が多い印象だ。ちなみに掲出歌の作者である大澤サトシは「かばん」に所属している。

 

「フワクタンカ」と銘打っているが、作品はそれをテーマにした題詠ではない。ゆえに各作者の不惑の捉え方はさまざまで、不惑を正面から捉えている歌もあれば、40歳という年齢がおのずと滲み出た歌もあるし、まったくそうした属性から離れた歌も多い。

 

掲出歌は、不惑という年齢をを捉えながらもダイレクトにではなく、「外反母趾」という身体性に滲ませる形で詠んでいる。「巻き返し出来ない程にひねくれた」はもちろん「外反母趾」に掛かるが、当然自分自身の人格やものの考え方なども踏まえている。ここに軽い自嘲と苦みがあり、歌の味わいになっている。この措辞と感慨が初句から三句までひと息に連なっているのも重要で、自分の「ひねくれ」をどうにかしなければとどこかで思いつつ、一方で今更もはや自身の性分から逃れられない鬱陶しさがよく出ている。40歳代は「巻き返し」を意識するおそらくリミットで、これもまた年齢と不即不離だ。「自分の歴史」はやや生な結論と言えば言えるが、実感がよく出ている。図らずもかもしれないが冊子のコンセプトによく合った歌だと思う。

 

5月9日の記事にも書いたことだが、同年生まれの冊子には結社誌や同人誌などとはまた違う連帯感と、各作者の作品的現状を端的に示す役割、つまり現状を示すカタログとしての資料的価値がある。もちろんこうした冊子はひとつの現象に過ぎないので、冊子のみを読んでこの世代の作品的傾向はこうだと決めつけたり思い込んだりするのは避けなければならない。

 

自分にとっての40歳は4年前だが、確かに40歳前後という年齢は結果的にはいろいろ変化のある時期でもある。自分の病気や不調などの身体的な変化もあれば、仕事や子供の成長や親の病気・介護といった環境的な変化もある。それは自分だけではないだろう。

 

「フワクタンカ」はそのコンセプト上毎回メンバーが替わり、同時にそのときのメンバーが各々冊子を製作するので編集・発行人も替わる。当然判型などの体裁や表紙、本文レイアウトも変わる。載っている歌数も、年によって10首だったり5首だったり7首だったりする。つまりコンセプトを毎年共有しつつ、まったく別々の冊子を都度製作している。ちなみに、「フワクタンカ78」は参加メンバーでもある中島裕介が編集発行を担当している。

 

だからこそ冊子にそのときのメンバーの個性や考え方が如実に反映され、体裁を統一したらかえってつまらない印象になってしまうかもしれない。さらに、毎回違うメンバーが違う体裁で共通したコンセプトの冊子を出すことには、読者側からすれば定点観測的な意味合いも生じる。自分はそこを興味深く感じ、毎号読んでいることを付け加えておく。