お軽、小春、お初、お半と呼んでみる ちひさいちひさい顔の白梅 

米川千嘉子『滝と流星』(短歌研究社 2004年)

 

 短歌講座などで穴埋めクイズを行うとき、よく、この結句を(  )で抜いて問題にする。「人形!」とか、「飼い猫!」などの予想が出た後に、「答えは……〈白梅〉です」と発表すると、ほーっとため息が漏れる。そのため息を聞くのが好きだ。

 白梅と、昔の女性たち。その両者の結び付きの看破には直感的なものがあって、だからこそ、共感、感心のため息は漏れる。

 「お初」は「曽根崎心中」のお初だが、「お軽」は「仮名手本忠臣蔵」、「小春」は「心中天網島」、「お半」は「桂川連理柵かつらがわれんりのしがらみ」の登場人物だそうだ。してみると、いずれも、心中の人々である。浄瑠璃や歌舞伎の悲恋の人たちである。

 となれば、名前を「呼んでみる」という行為には、こころがこもる。そんな風にしか生きられなかった時代の、生きられなかった女性たちへの、今の自分なりの慰撫のこころでがある。ましてや、「ちひさいちひさい」存在。だからこそ、より、呼んでみたくなる。

 一方で、「心中」から離れ、江戸時代あたりにつつましく、しかし、きびきびと生きた町娘の名としてこれらをイメージしてもいい。一瞬にして軽やかな歌へと様変わりだ。梅は春を告げる花。清らかな香りが、気持ちを弾ませる。

 

 さて、作者には、この歌に似たつくりでありながら、全く趣の違う一首がある。

 

 しや夫人・フエルト夫人・絹夫人 板に巻かれてひんやりとをり  『一葉の井戸』

 

 こちらにも女性が連なる。板に巻かれた布は貴人の奥様だ。確かに。

 

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