父の忌の読経終はれば故里の訛りとなりて僧のくつろぐ

安部歌子『海の町』いりの舎,2023年

父の年忌法要での一場面。「故里の」とあるので、法事のための帰省をしているようだ。同じ一連に、「五十七年前逝きにし父を「貞さん」と呼ぶひとに会ふ故里の夏」や「三十五歳で逝きし無念を思ふなり今年も暑き父の命日」という歌が配されていて、父が亡くなってから随分と時間が経過しているのがわかる。

僧侶の読経が終わり、簡単な法話のあとで雑談がはじまったのだろう。さっきまでの厳かな読経の調子とは打って変わって、僧侶の口調には地元の訛りが顔を出している。ピンと張り詰めた読経時間とその後の雑談の時間にはいくらかの落差は必ず存在するが、僧侶の訛りによってその落差はより大きなものに感じられる。読経の間は僧侶の訛りを感じなかったのだろう。読経が終わり空気が弛緩して、故里に帰ってきたという安堵感がにじむ。

「くつろぐ」という語により、僧侶と主体との関係は一朝一夕のものではないように感じられる。何度も法要をお願いしているのかもしれない。お茶を啜りながら、くだけた口調で近況を喋る様子が目に浮かぶ。

「故里の訛りとなりて僧のくつろぐ」とあるので、訛っている者として一首が提示しているのは僧侶だろう。ただ、それと同時に帰省した主体の口調もいくらか訛りを帯びるように感じられる。郷里の人と喋っていると、その訛りに牽かれるように普段は出ない訛りが出てくることがある。一首においては、くつろぎながら故郷の訛りで喋る僧侶に導かれるように、主体がいる空間がどんどん故郷になっていくようだ。

帰省をしてすぐに故郷に馴染むわけではない。生まれ育った故郷であろうとも、よその町から来たという浮遊するような感覚が存在する。離れている時間が長ければそれはなおさらだろう。時間の経過は不明だが、一連の最後には「墓移し母を引取りもう誰も帰らぬ家の残る故里」という歌が配されていて、前述の父を亡くしてからの時間の経過も相まって、主体と故郷はべったりと密着してはいないように感じられる。

僧侶の訛りを聞き、主体は故郷にぐっと近づいたのかも知れない。この一首においては、故郷を離れた今の暮らしと、以前の故郷での暮らしの橋渡しのような役割が僧侶の訛りにはあるように思う。

ふるさとは海の町なり日の差さぬ路地の奥まで潮の香届く/安部歌子『海の町』

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