アエイオウ 口つぼめたりひろげたり 窓の向こうの雪の唇

長澤 ちづ『海の角笛』(短歌研究社  2006年)

 

 先日、当地に雪がしっかりと降った。初雪と言っていい。今年も来たなという感じである。これから春まで、殊更に空模様を気にしながら暮らす日々が始まった。

 

 「アエイオウ」は発声練習の際の音である。演劇などで、口や喉、顔の筋肉をほぐしつつ、息を声にしていく時に発する母音である。基礎的なレッスンにおいては、「アエイオウ」や、「アエイウエオアオ」などの言葉の並びがよく用いられる。

 「アエイオウ」という並び方は、理に適っている。「アイウエオ」と比べるとよくわかるけれど、「ア」でセットされた舌の位置を、自然に変化させていけるのがこの順番なのだ。「アイウエオ」の順番では、その位置がガチャガチャと動いてしまい、うまく、身体のコンディションを感取・調整できない。

 いつからだろう、この発音が定番となったのは。新劇の頃か、それとも、小劇場のはしりの辺りだろうか。

 

 そんな発声練習のように「口つぼめたりひろげたり」しているのが、実は「雪」だったと最後でわかるのが、この歌のユニークな構造である。つまりは、雪の吹き付ける様子が刻々と変化して行くことを言っているのだが、確かに、風が雪の息だとして、「ウ」の口の形で発せられたように鋭く当たったり、「ア」で発せられたように大きく面としてぶつかって来たりすることがある。特に、雪がしまく時には、一瞬ごとに、向きも感触も変わる。そこに主体は、窓の向こうの、風の向こうの、雪の「唇」を見たのだ。

 

 雪の身体自体はおぼろだけれど、唇だけが開いたり閉じたりして動いている。雪女のような妖怪ならずとも、対人間と考えた時、自然はやはり、畏怖なるものである。それへの底知れない感覚も、この「唇」という表現には映っている。

 

 とは言え、歌には純粋に愉快なところもあって。唇を動かして、雪は歌っているのか、遊んでいるのか。それに人は翻弄されながら、あるいは共に楽しみながら、冬をゆく。

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です