冷えわたる夜の澄みわたるかなたよりもうすぐてん雪麻呂ゆきまろが来る

『雪麻呂』小島ゆかり

 冷えわたった夜空の澄みわたった彼方から、雪の気配がする。雪を「天の雪麻呂」と呼び、生きもののように「来る」と歌ったところから、一首はにわかに物語の性質を帯びてくる。「雪麻呂」という名に、あの三好達治の「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」の詩が思いうかぶが、この「太郎、次郎」に比べると、「雪麻呂」という名はもう少し古語の響きをもっているようだ。「屋根」と「天」の違いもそこにあろう。

麻呂は、古代では人麻呂、翁麻呂など〈私〉を指す人称代名詞としてつかわれた。それを「雪」にかぶせてつかえば、自然がたちまち人称化して物語めくのは、むしろ当然のことである。そこでもう一度ふり返ってみれば、この一首は、冷えた夜に身体を温めてくれる麻呂を、はるか彼方の麻呂を、待つ女の物語が見えてくる。「雪麻呂を待ちつつこよひあかあかとわれは椿の媼となりぬ」

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